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The Ugly Duckling
encounter 4/7
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西暦2023年。突如、世界の各地で“ゲート”と呼ばれる異世界への通路が開いた。何故、その通路が開いたのか、原因は300年経った今でも解明されてはいない。
“ゲート”が開いたその日1日で、そこから溢れ出す人体に有害な“何か”に人類の半分が触れて、人類の約7分の1。10億人が命を落とした。
そして、それ以降、約100年にわたり、人類はその進歩を止めることになる。
“ゲート”から溢れ出したのは、後に“魔昏”と呼ばれた。
しかし、”ゲート”から溢れたのはそれだけではない。“異形”と呼ばれる非常に好戦的で、この世界のどの言語も介さない人類共通の“敵”。彼らは言葉通り異様な形をしたものだった。そして、その者たちに破壊の限りを尽くされて、生き残った人類は息をひそめて生きることを強いられた。
ただ、“魔昏”に触れても、生き延びた者達も存在した。彼らの身体は変異を起こし、形や色を変え、人体に有害なはずの“魔昏”とよく似たもの(のちの世には“魔光”と呼ばれるようになるもの)を体内で生成するようになる。彼らの宿す“魔光”は、“ゲート”から溢れ出す“魔昏”とは異なり、それを持つものに害をなすことはなく、しかも、体内に発生したそれは、それまでの科学では説明することができない“魔法”と呼ばれる種々の技術を行使するエネルギーとなった。
ふたたび、人類が歩み始たのは“魔光”を宿した者たちが、盾となり剣となって“異形”と戦いを始めたことと、“ゲート”から排出される“魔昏”をエネルギーに変換する方法を発見したからだ。“魔昏”は人体には非常に有害であるが、生成次第で高密度のエネルギーとなった。
“魔光”を持つものの台頭と、魔道発電の発明がこの世界を大きく変えた。人類は300年前の繁栄を取り戻し、かつ、無尽蔵に湧く新たなエネルギーを手に入れたのだ。
そして、現在、この世界においては、この、“魔光”を持つものが大きな権力を持つようになっていた。エネルギーの獲得と安全の確保には彼らの力がどうしても必要だったからだ。
「なんで……俺なんだよ」
ここに連れてこられて、男の相手をさせられるようになったのは、彼の体内に“ゲート”が存在するからだ。“ゲート”は通常何もない空間に出現する。その“ゲート”がごく稀に人体の中に出現することがある。“ゲート”である以上は、もちろん力を排出している。翡翠の体内に存在する“ゲート”から溢れる力を、客は買っているのだ。
通常。“ゲート”から発生するのはもちろん人体に深刻な害のある“魔昏”だ。しかし、人型ゲートは、その体内のフィルターを通り抜けることで、その“魔昏”を人体に無害な“魔光”に変換することができた。利用価値の高い“魔光”を、唯一無尽蔵に生み出すことができるのが人型ゲートなのだ。
“ゲート”が人体内に出現する場合、その規模に関係なく身体で言うと、下腹部の内部に存在する。それは女性で言うと子宮の場所に位置していた。翡翠の場合は結腸のあたりに位置している。だから、その場所に相手の魔光を吸収する吸魔の呪いを描いて、肌を接触させることで、翡翠の中にある”ゲート”の力を奪い取っているのだ。
体内の魔光は魔法を使うと消費される。個人差はあるが、それが再び溜まるまでには、時間がかかる。その上、これも個人差があるのだが、身体の中に蓄積できる魔光の量には上限がある。しかし、吸魔の呪いによる魔光の譲渡では、通常ではありえないスピードで、さらには個人の能力の上限を超えて魔光を身体に蓄積することができた。
翡翠がこの店で男相手に身体を売らされているのはそのためだった。
「も……やだ」
そんなことは、全部理解している。
ご丁寧にも久米木がすべて説明していった。
でも、翡翠が知りたいのはそんなことではないのだ。
「かえり……たい」
自分の人生を振り返って、いいことなんて一つもなかったように思う。
両親のことは覚えていない。『失踪した』と、あとになって聞いたのだが、理由も分からないし、顔すら覚えてはいない。両親と離れた時にはすでに5歳だったから、全く記憶にないというよりも、何らかの理由で記憶を失っているのだと思う。けれど、裏付けもないし、両親を探す手がかりもない。
とにかく、気づいた時には翡翠は一人だった。
だから、翡翠にはほかに選択肢などなかったのだ。
幸いにも、と言っていいのかは今となっては分からない。公共の児童福祉施設に入居していた7歳のころ、小学校で行われる魔光検診で『中程度』の魔光と診断されたため、企業の孤児救済システムに引っかかった。そのまま企業の孤児収容施設に引き取られて、そこでスレイヤーになるための英才教育を受けさせられた。
スレイヤーとは、魔光を持つものの中でも、異形への対処を生業とするものたちのことだった。この国の子供であれば一度はスレイヤーになることを夢見る。子供ならずも、憧れと尊敬の的だ。
その施設で行われていた教育カリキュラムは、今思えば、常軌を逸していたと思う。それでも、翡翠も、この施設にほかにいた子供たちも、逃げ出すことなんてできなかった。逃げ出しても、一人で生きることなんてできないことを知っていた。彼らがこんな日常から逃げ出すにはスレイヤーになるしかなかったのだ。
そんな苦しみを味わってまでなったスレイヤーだったけれど、所詮は孤児収容施設を経営していた企業の子飼いになるだけで、何も変わりはしなかった。朝から晩まで魔光をすり減らすほど、こき使われて、家に帰って寝るだけの毎日。
仕事だけでなく、私生活でもうまくいくことなんて一つもなかった。中学を卒業するころにはすでに、女性に興味を持てないということには気づいていたけれど、もちろん、男に告白する勇気なんてなかった。
自分の容姿については自覚している。どこをどう表現しても地味。地味以外のどんな形容詞も思いつかない。何度かまともな恋愛をしたいと告白してみたりもしたけれど、結局うまくなんて行かなかった。二股どころか四股されたり、セフレどころかオナホ扱いされたり、貢がされて蒸発されたり。正直、今と全く変わらないような扱いだって受けていた。
だから、帰りたいと、思える場所すら翡翠にはなかった。
“ゲート”が開いたその日1日で、そこから溢れ出す人体に有害な“何か”に人類の半分が触れて、人類の約7分の1。10億人が命を落とした。
そして、それ以降、約100年にわたり、人類はその進歩を止めることになる。
“ゲート”から溢れ出したのは、後に“魔昏”と呼ばれた。
しかし、”ゲート”から溢れたのはそれだけではない。“異形”と呼ばれる非常に好戦的で、この世界のどの言語も介さない人類共通の“敵”。彼らは言葉通り異様な形をしたものだった。そして、その者たちに破壊の限りを尽くされて、生き残った人類は息をひそめて生きることを強いられた。
ただ、“魔昏”に触れても、生き延びた者達も存在した。彼らの身体は変異を起こし、形や色を変え、人体に有害なはずの“魔昏”とよく似たもの(のちの世には“魔光”と呼ばれるようになるもの)を体内で生成するようになる。彼らの宿す“魔光”は、“ゲート”から溢れ出す“魔昏”とは異なり、それを持つものに害をなすことはなく、しかも、体内に発生したそれは、それまでの科学では説明することができない“魔法”と呼ばれる種々の技術を行使するエネルギーとなった。
ふたたび、人類が歩み始たのは“魔光”を宿した者たちが、盾となり剣となって“異形”と戦いを始めたことと、“ゲート”から排出される“魔昏”をエネルギーに変換する方法を発見したからだ。“魔昏”は人体には非常に有害であるが、生成次第で高密度のエネルギーとなった。
“魔光”を持つものの台頭と、魔道発電の発明がこの世界を大きく変えた。人類は300年前の繁栄を取り戻し、かつ、無尽蔵に湧く新たなエネルギーを手に入れたのだ。
そして、現在、この世界においては、この、“魔光”を持つものが大きな権力を持つようになっていた。エネルギーの獲得と安全の確保には彼らの力がどうしても必要だったからだ。
「なんで……俺なんだよ」
ここに連れてこられて、男の相手をさせられるようになったのは、彼の体内に“ゲート”が存在するからだ。“ゲート”は通常何もない空間に出現する。その“ゲート”がごく稀に人体の中に出現することがある。“ゲート”である以上は、もちろん力を排出している。翡翠の体内に存在する“ゲート”から溢れる力を、客は買っているのだ。
通常。“ゲート”から発生するのはもちろん人体に深刻な害のある“魔昏”だ。しかし、人型ゲートは、その体内のフィルターを通り抜けることで、その“魔昏”を人体に無害な“魔光”に変換することができた。利用価値の高い“魔光”を、唯一無尽蔵に生み出すことができるのが人型ゲートなのだ。
“ゲート”が人体内に出現する場合、その規模に関係なく身体で言うと、下腹部の内部に存在する。それは女性で言うと子宮の場所に位置していた。翡翠の場合は結腸のあたりに位置している。だから、その場所に相手の魔光を吸収する吸魔の呪いを描いて、肌を接触させることで、翡翠の中にある”ゲート”の力を奪い取っているのだ。
体内の魔光は魔法を使うと消費される。個人差はあるが、それが再び溜まるまでには、時間がかかる。その上、これも個人差があるのだが、身体の中に蓄積できる魔光の量には上限がある。しかし、吸魔の呪いによる魔光の譲渡では、通常ではありえないスピードで、さらには個人の能力の上限を超えて魔光を身体に蓄積することができた。
翡翠がこの店で男相手に身体を売らされているのはそのためだった。
「も……やだ」
そんなことは、全部理解している。
ご丁寧にも久米木がすべて説明していった。
でも、翡翠が知りたいのはそんなことではないのだ。
「かえり……たい」
自分の人生を振り返って、いいことなんて一つもなかったように思う。
両親のことは覚えていない。『失踪した』と、あとになって聞いたのだが、理由も分からないし、顔すら覚えてはいない。両親と離れた時にはすでに5歳だったから、全く記憶にないというよりも、何らかの理由で記憶を失っているのだと思う。けれど、裏付けもないし、両親を探す手がかりもない。
とにかく、気づいた時には翡翠は一人だった。
だから、翡翠にはほかに選択肢などなかったのだ。
幸いにも、と言っていいのかは今となっては分からない。公共の児童福祉施設に入居していた7歳のころ、小学校で行われる魔光検診で『中程度』の魔光と診断されたため、企業の孤児救済システムに引っかかった。そのまま企業の孤児収容施設に引き取られて、そこでスレイヤーになるための英才教育を受けさせられた。
スレイヤーとは、魔光を持つものの中でも、異形への対処を生業とするものたちのことだった。この国の子供であれば一度はスレイヤーになることを夢見る。子供ならずも、憧れと尊敬の的だ。
その施設で行われていた教育カリキュラムは、今思えば、常軌を逸していたと思う。それでも、翡翠も、この施設にほかにいた子供たちも、逃げ出すことなんてできなかった。逃げ出しても、一人で生きることなんてできないことを知っていた。彼らがこんな日常から逃げ出すにはスレイヤーになるしかなかったのだ。
そんな苦しみを味わってまでなったスレイヤーだったけれど、所詮は孤児収容施設を経営していた企業の子飼いになるだけで、何も変わりはしなかった。朝から晩まで魔光をすり減らすほど、こき使われて、家に帰って寝るだけの毎日。
仕事だけでなく、私生活でもうまくいくことなんて一つもなかった。中学を卒業するころにはすでに、女性に興味を持てないということには気づいていたけれど、もちろん、男に告白する勇気なんてなかった。
自分の容姿については自覚している。どこをどう表現しても地味。地味以外のどんな形容詞も思いつかない。何度かまともな恋愛をしたいと告白してみたりもしたけれど、結局うまくなんて行かなかった。二股どころか四股されたり、セフレどころかオナホ扱いされたり、貢がされて蒸発されたり。正直、今と全く変わらないような扱いだって受けていた。
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