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第12章〜獣人編〜
閑話:本能と忠誠(前編)
しおりを挟むロウエンside
あの日、今ある日常が壊れていく音を聞いた。
それは恋の音。
彼女へ恋に落ちた音に違いなかった。
「ふっ、贄となるお前が詳しく知る必要はねぇよ。まぁ、精々、後ほんの少しの余生をここで楽しむんだな。」
魔族に捕まった絶望感。
死への恐怖。
「もう大丈夫。安心して?」
自分の中の獣に飲み込まれそうだった俺を、彼女が引き留めてくれた。
「ロウエン、もう1人で頑張らなくて良いのよ?よく頑張ったわね?」
涙が俺の頬を零れ落ちていく。
怖かった。
このまま、何も出来ずに死ぬ事が。
「お疲れ様、ロウエン。子供達を守って、偉かったわね?」
弱くて。
魔族に対しても何も出来なかった俺の心を、彼女は掬い上げてくれた。
「私なら、ロウエン、貴方に力を与えてあげられる。誰からも虐げられず、大事なものを守り切れる力を。」
自分の弱さを嘆く俺に、彼女は微笑む。
愛おしさと、憧憬。
彼女の強さに強く惹かれ、憧れた。
「欲しい?」
「・・欲しい。誰にも負けない力が、俺は欲しくて堪らないんだ。」
そして、目の前の君の事も。
力もそうだが、俺を簡単に圧倒する彼女の事が欲しいと思った。
目の前の極上の女を自分のモノにしろと、俺の中の本能が囁く。
「もしも私の事を欲するなら、会いに来て。」
なのに彼女は微笑みだけを残し、あっさりと身を翻し、俺の前から立ち去ってしまう。
そんな彼女の後ろ姿を、俺は見つめ続ける事しか出来なかった。
どうすれば良い?
身を焦がすような初めての激情。
「ーーー爺ちゃん?」
そんな俺を、冷たい現実が待っていた。
一気に冷える熱。
魔族の魔の手から逃れられた俺を待っていたのは、これまで育ててくれた最後の家族である爺ちゃんの死だった。
「っっ、なんで、だよ。」
悲しい。
寂しいと俺の心は叫ぶのに、彼女に会いたいと思ってしまう。
浅ましい、俺の心の叫び。
あの日に覚えた匂いを頼りに迷い、何度も引き返そうになりながらたどり着いてしまった、彼女がいるだろう宿。
「・・、」
何を言えばいい?
困惑し、宿の前で固まり続ける事、数十分が経った時だった。
「ディア様に御用ですか?」
魔族に捕まっていた時に、助けに来てくれた彼女と一緒にいた女性が俺の前に現れたのは。
「っっ、あの、会い、たくて。」
「・・会いたいとは、ディア様に、でしょうか?」
「ディア?」
「はい、長くて綺麗な銀髪で、貴方が魔族に捕まっていた館で私と一緒にいた方、ディアレンシア・ソウル様の愛称です。」
ディア。
それが彼女の愛称。
確かに目の前の彼女に、あの日そう呼ばれていた記憶がうっすらと残っている。
「・・、彼女、に、会えますか?」
期待と不安。
彼女は、俺に会ってくれるだろうか?
緊張に喉が乾く。
「ーーー・・分かりました、ディア様に確認してきますので、ここで少しお待ちください。」
考える様な仕草をして、目の前の彼女は戻っていく。
あれ?
「何で、あの人は俺が来た事が分かったんだ?」
首を傾げる。
彼女の家族によって俺は監視され、守られていた事を知らなかった。
「久しぶりね、ロウエン?」
「っっ、」
許可が降りたと迎えに来た女性に連れられ、部屋の一室に足を踏み入れた俺に優しく微笑む彼女。
そんな彼女の笑顔に、くしゃりと崩してしまった表情。
『ロウエン、もう1人で頑張らなくて良いのよ?良く頑張ったわね?』
会いたかった。
あの時の様に、大き温もりで俺の事を包み込んで欲しいと本能が囁く。
「お爺様の事、残念だったわね?」
「知って・・?」
「えぇ、最後に会わせてあげられなくて、ごめんなさい。」
「あんたのせいじゃ無い。」
ゆるゆると、首を横に振って否定する。
俺が悪い。
簡単に魔族に捕まって、逃げる事も出来なかった俺が。
「で?ロウエンは何しに私の元へ来たの?」
「お、れ、1人になって、」
「えぇ、それで?」
「っっ、何でかな?爺さんを失って悲しいのに、あんたの事が頭から離れないんだ。」
情けなさ。
自分に不甲斐なさが悔しい。
「・・そう、いらっしゃい、ロウエン。私の元へ。」
そんな俺に差し出される手。
この手に縋り付いても、良いのだろうか?
迷ったのは一瞬。
差し出された手の主人へと飛び込んだ。
「っっ、あぁぁ、」
悲しい。
このまま1人は嫌だ。
溢れ出した感情は制御出来ず、ソファーに座る彼女の太ももに顔を埋め、泣きじゃくり続けた。
そんな俺の髪を優しく撫でる彼女。
「大丈夫、私がいるわ。」
言い聞かせるかの様に、何度も囁かれる言葉。
・・そんな彼女に、俺は落ちた。
「どうする?ロウエンは、私の側に居たいかしら?」
無言で頷く。
「ふふ、なら、ちゃんと言葉にしなさい?私のモノになる、と。」
「っっ、なる。あんたのモノに、俺は。」
誓うよ、君に。
俺の全てを捧げると。
「ふふ、良い子ね、ロウエン。私の可愛い、番犬さん。」
優しく俺の髪を梳く梳く彼女に身を任せた。
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