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第五章 祈りの王都ダナ
70.悪役令嬢は答え合わせをする
しおりを挟むリナリーはすべてを知っていた。
アリシアが一人でもがき苦しみ、死よりも辛い悲しみの中に落ちている間も、彼女はそれをエンターテイメントの一つとして捉えて愉しんでいた。
何度も何度も巻き戻る悪役令嬢の人生。
運命は覆らないはずだ。
だって、ヒロインがその手綱を握っていたのだから。
「貴女には出来るだけ時間を掛けて壊れていって欲しかったの。一瞬で崩壊するのも花火みたいで面白いけど、美味しいものって長く味わいたいでしょう?」
「ふざけないで!人の人生を何だと思ってるのよ…!」
「この世界の主役は私なの。貴女はただ自分の役割を全うすれば良いだけ。今回は逃げ出したりするからサラが死ぬことになったのよ、分かる?」
「サラが…私のせいで死んだ……?」
床に伸びて冷たくなった彼女の姿を思い出す。
最後にした会話は何だった?サラは私を見送って「行ってらしゃい」と声を掛けてくれた。私が居ない間も部屋の掃除は欠かさずしていたと両親は語っていた。
サラがアリシアを呪ったのはリナリーの策略。
まさか、彼女はアリシアを逃した罰を受けたの?
「どうして……なんでサラが死ぬことに、」
「私に逆らったから」
「逆らう?」
「貴女、サラからサバスキアの蝶の羽を受け取ったでしょう?彼女ったら貴女に仕えるうちに情が湧いたのかしらね」
「あれは偽物だったわ!」
「ええ、でしょうね。私が差し替えたから」
「………差し替えた?」
指に嵌った指輪を大切そうに摩るリナリーの白い手を私は見つめる。その指輪について尋ねた時、彼女は「サラには勿体無い」と言った。
「その指輪は……」
「形状は作り変えたけれど、中身はサラが持っていたものよ。小瓶から抜いておいて良かったわ。彼女ったら本気で貴女を逃がすつもりだったみたいね。使い方を知らない人間に渡したって意味ないのに」
「どうして、だってサラは貴女の…」
「ええ。サラは私のお願いをなんでも聞いてくれるの。それなのに変よねぇ?魅了が解けたのか、あるいは解かれたのかしら?」
リナリーの口から溢れ出た「魅了」という言葉を私は聞き逃さなかった。やはり、彼女は魅了を使って人々の心を惑わせている。先ほどは自分のことを魔力なしと評していたから、魔力とは別のものなのだろうか。
「貴女がサラを殺したのね?」
勘繰る心を悟られないように、私は質問を重ねた。
リナリーはにこりと微笑んで首を振る。
「殺したんじゃないわ、勝手に死んだの。私はただ役立たずは要らないと言っただけ。たまたま良い薬を持っていたから渡してみたら飲んじゃったみたいね?」
「よくもそんなことを……!」
「だって、そうでしょう?私はアリシア・ネイブリーがデズモンドへ幽閉されるまでの監視を頼んでいたのよ。逃げてしまいました、で済まされると思う?」
私がどれだけショックを受けたか、とわざとらしい溜め息を吐いてリナリーは項垂れたフリをする。
「せっかくデズモンドへ幽閉する勅令を偽造させたのに、どうして逃しちゃうのかしら?貴女が脅したの?」
「脅してなんかいないわ!」
「デズモンドへ送って貴女に毒を飲ませるところまでがサラの役割だったのに、途中退場したのは残念ね」
「毒ですって…?」
「でも彼女の死も役に立ったわ。お願いしたら遺書を書いてくれたんだもの。こういう小技が劇を面白くするのよ」
「貴女…おかしいわ、狂ってる……!」
震える私の声を受けて、リナリーは不思議そうに目を瞬かせた。長い睫毛が孔雀の羽のように重なって離れる。
何を言っても、もう無駄だと分かっていた。
理解することなど出来ない。
手を取り合って仲直りなんて、絶対に。
「アリシア、貴女とこうして話すのは初めてでしょう?今までの貴女ったら黒魔法に掛かったら子供みたいにギャンギャン吠えて、悪さをしてばっかりだったし」
「………っ!」
「悪魔をコントロールするのも難しかったのよ?定期的に葡萄酒を飲ませてダナの血で調整するの。悪魔にも弱点ってあるのね」
「…あの葡萄酒にそんな意味が……」
「ええ。出来るだけジワジワと貴女を苦しめて欲しかったから。それにほら、貴女の周りの人間に悪魔が憑いてることを知られて祓われでもしたら最悪だもの」
そう言いながらリナリーは小さな欠伸をした。
「でも、変ね?悪魔の気配を今はまったく感じないんだけど、貴女の魔力をすべて吸い取ったから契約切れしたのかしら?」
「………?」
「ねえ、アリシア。凡人になった気分はどう?」
愉快で堪らないといった表情で問い掛けるリナリーを私は黙って見つめた。彼女がずっと呼んでいるのは「アリシア」の名前。もしかすると、リナリーはアリシアの身体を私が乗っ取っていること知らないのではないか。
魔力を持たず、魔法学校を出ていない彼女はその仕組みを理解していない可能性もある。消えた魔力と共にアリシアの魂すら消失したことを知らないとしたら?
小さな疑問を胸に、より核心に迫るために私は彼女の気を引く質問をしてみることにした。
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