上 下
67 / 95
第五章 祈りの王都ダナ

65.悪役令嬢は罪を被る

しおりを挟む


「エスティ……!」

 誰よりも先にその側に駆け付けたのは国王のユグナークだった。白髪の混じった黒髪に黄金の王冠を載せている。恐怖と怒りに染まった鋭い眼が階段の途中で呆然と立つ私とリナリーに向けられた。

「どういうことだ!なぜエスティが……!」
「国王様…これは…、」
「陛下!それより早く治療をしないと!」

 言葉が出てこない私に被せるように、リナリーの澄んだ声が響き渡った。階段をパタパタと駆け降りてリナリーは倒れた王妃の隣に座り込む。べったりとした赤い血が彼女のドレスの裾をみるみる染めていく様子を私は何も出来ずに見ていた。

「リナリー、君に救うことが出来るのか!?」
「お任せください。きっと大丈夫です…!」

 皆が固唾を飲んで見守る中で、リナリーの小さな両手が王妃の頭にそっと振れる。白くまばゆい光が輝いて、王妃の身体全体を包んでいった。

 彼女はついに治癒の力を手にしたのだ、そう気付いた時にはすべてが終わっていた。ゆっくりと目を覚ました王妃を抱きしめる国王、感謝を述べられるリナリー。そして何事かを彼女がユグナークに囁くと、やがて屈強な兵士が私の両脇に現れた。

「アリシア様、ご同行を」
「なんですか?」
「国王様がお呼びです」

 まだ半ば夢のようだった。リナリーは自分の力を認めさせるために、あのような茶番を繰り広げたのだろうか。強大な力をアリシアが使えば魔女と呼ばれ、リナリーが使えば聖女と呼ばれる。それは確かにその通りだ。

 私は広間から離れた別室に通され、本棚がたくさん並んだ部屋の中で机を挟んで国王と向き合った。

「アリシア……お前をエリオットの婚約者として選んだのは、その強い魔力を受け継ぐ子を期待したからだ」
「………!」
「ところがどうだ。今は魔力が無いらしいな?」
「ちょっと待ってください、どうしてそれを…!」
「その反応。やはり本当のようだな」

 大きな溜め息を吐いてユグナークは椅子に座り込んだ。
 私はザワザワと騒ぎ出す胸に手を当てて、必死で頭を動かせる。どういうこと?なぜアリシアに魔力がないことがバレているのか。たしか魔法が使えない国王自身に察知など不可能なはず。

 すぐにエリオットの顔が浮かんだ。
 魔力持ちの彼がバラした?

「リナリーに聞いたんだ。聖女の力に目覚めたせいか、君の魔力が無くなっていることに気付いたらしい」
「……っ!……そうですか」
「それだけじゃない。君はエスティを階段から突き落としたそうじゃないか?」
「え?」

 目の前が真っ白になった。
 理解が出来ない。ユグナークは私が自分の妻を危険な目に遭わせた張本人だと思っているのだ。

「違います!私じゃありません!」
「リナリーが嘘を吐いているというのか!?君がそんなに救いようのない悪人だとは思わなかったよ」
「聞いてください、国王陛下…!」

 ぼんやりと私を見下ろすユグナーク・アイデンの瞳はひどく冷たかった。嵌められた、そう気付いたのは何もかもが終わったあと。もう話すことはないと言わんばかりにユグナークは後ろで待機する兵士の一人を手で呼び出し、私の身柄を拘束するように伝えた。

 なんだろう、この違和感。
 これは本当に国王の意思?

 重たい手枷を付けられて地下へと引っ張られていく。いくら国王が脳筋の愛妻家であれど、仮にも名家の令嬢、しかも王太子の婚約者であるアリシアに対してこの仕打ちはどうなのか。そうだ、こんなことをしたらエリオットだって黙っていないはず。

「陛下!エリオット様と話をさせてください!」

 階段を降りる前に首を捻って振り返り、なんとか声を絞り出す。先ほどと同じ椅子に座ったままで気が抜けたような顔をしたユグナークは、チラリと私を見遣って鬱陶しそうに手を振った。

「エリオットには私から言って聞かせる。君がここまでの曲者だとはな、とんだ毒婦を王室に迎えるところだった」
「ユグナーク国王!!」

 尚も呼び掛ける私の手枷に繋がる鎖をグイッと引いて兵士はその場から引き離した。灯の少ない暗い螺旋階段は一段降りるごとに気温が低くなるようだ。

 今までに感じたことのない恐怖が足元から這い上がって来るのを感じる。私は今また、破滅に向かっている。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

第二部の悪役令嬢がシナリオ開始前に邪神の封印を解いたら闇落ち回避は出来ますか?~王子様との婚約解消はいつでも大歓迎です~

斯波
恋愛
辺境伯令嬢ウェスパルは王家主催のお茶会で見知らぬ令嬢達に嫌味を言われ、すっかり王都への苦手意識が出来上がってしまった。母に泣きついて予定よりも早く領地に帰ることになったが、五年後、学園入学のために再び王都を訪れなければならないと思うと憂鬱でたまらない。泣き叫ぶ兄を横目に地元へと戻ったウェスパルは新鮮な空気を吸い込むと同時に、自らの中に眠っていた前世の記憶を思い出した。 「やっば、私、悪役令嬢じゃん。しかもブラックサイドの方」 ウェスパル=シルヴェスターは三部作で構成される乙女ゲームの第二部 ブラックsideに登場する悪役令嬢だったのだ。第一部の悪役令嬢とは違い、ウェスパルのラストは断罪ではなく闇落ちである。彼女は辺境伯領に封印された邪神を復活させ、国を滅ぼそうとするのだ。 ヒロインが第一部の攻略者とくっついてくれればウェスパルは確実に闇落ちを免れる。だがプレイヤーの推しに左右されることのないヒロインが六人中誰を選ぶかはその時になってみないと分からない。もしかしたら誰も選ばないかもしれないが、そこまで待っていられるほど気が長くない。 ヒロインの行動に関わらず、絶対に闇落ちを回避する方法はないかと考え、一つの名案? が頭に浮かんだ。 「そうだ、邪神を仲間に引き入れよう」 闇落ちしたくない悪役令嬢が未来の邪神を仲間にしたら、学園入学前からいろいろ変わってしまった話。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈 
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...