63 / 95
第五章 祈りの王都ダナ
61.悪役令嬢はヒロインに出会う
しおりを挟む扉を開けた瞬間に壮大なクラシックの音色が鼓膜を揺らした。目を遣ると入って右手に設けられたステージの上ではピアノやヴァイオリンを交えた生演奏が行われている。
貴族の宴に参加した経験など皆無のため、私はその豪華さにひたすら驚きながら、恐れをなしていた。マナーもロクに分かっていないけれど、この身体はそのあたりを都合よく記憶してくれてはいないだろうか。
リナリーとエリオットに出会う前から、そんな些細なことでヒヤヒヤと気を揉みながら私は周囲に目を泳がせた。クロノスや、ニケルトン侯爵家の家族が居てくれたら良いものの、まだ到着していないのか、姿は見えない。
こんなにたくさん人が集まっているのに、私はとんでもなくアウェーな感じがする。ニコライと二人でどうしたものかと困っていると、一際人が集まったテーブルを見つけた。群衆に囲まれているせいで、その中心にいる人物の顔までは見えない。
近付こうかどうしようかと迷っていたら、人だかりがサッと割れた。一気に静まり返る広間の中に鈴の音のように美しい清らかな声が響く。
「アリシア様……いらっしゃったのですね!」
その姿を認識した時、私は言葉を失った。
ゆるく巻いて胸に垂らした輝くプラチナブロンドの髪、腰から柔らかに広がる純白のドレス、そして何より、見るものすべてを恋に落とす愛らしい笑顔。
リナリー・ユーフォニアは圧倒的なヒロインだった。
隣に立つニコライのことも忘れ、先ほどまで耳から流れ込んでいた音楽も遠退いていく。青い瞳から目が離せない。ぼんやりとした心地良いまどろみが思考を支配していく。
ドレスから覗くリナリーのきめ細やかな白い肌に目を奪われていると、桜の花びらのように色付いた唇が何か言葉を伝えようと動いた。聞かなくてはいけない。この美しい人が私のために伝えようとする有難い言葉を。
一歩前に身を乗り出そうとした時、心臓がドクンと跳ねた。ギュッと握り込まれるような痛みに一瞬息が止まる。耐え切れずにしゃがみ込もうとした身体を、白い手袋を嵌めた誰かの手が支えた。
「アリシア、」
ああ、何てことだろう。
彼相手に借りを作るのだけは御免だ。
脳が痺れるような低い声に惑わされまいと頭を振る。リナリーと少し会話をした後で、ニコライにも何かを伝え、男は私の背中に手を回したまま歩き出す。背後からはザワザワと人々が噂をする声が聞こえてくる。また私は不必要な敵を作ってしまうのではないかと心配になった。
いったいどういうつもりなのか。赤い絨毯が引かれた階段を一段ずつ上がりながら、私は散らかった思考を片付けようと試みたけれど、どうやら出来そうになかった。
やがて上り切った階段の先に大きな白い扉を見つけた。扉は手を触れる前に、物音もなく静かに左右へ開く。お得意の補助魔法を使ったのだろうかと思いながら足を踏み入れると、そこは広いバルコニーだった。階下の喧騒、ゆったりとした音楽がかすかに風に乗って届く。
私は手摺りに身体を預けて自分を支えていた手の主を見上げる。
エリオット・アイデンの双眼は何かを訴え掛けるようにこちらを向いていた。
23
お気に入りに追加
1,196
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる