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第五章 祈りの王都ダナ

54.悪役令嬢は猛省する

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 巻き戻りという設定を自由自在に使えるならば、今の私はニコライと客室の前で別れた時に戻りたい。いや、もう少し前でも良い。どうせならば、転生した瞬間の方が色々と都合が良いかもしれない。

 とにかく、今日の夜に勢い余ってエリオット・アイデンを平手打ちしたことは、どうか無かったことにしてほしい。

(完全にやってしまったわ……)

 そりゃあたしかに、アリシアの胸中を思って「次にエリオットに会ったら二股野郎と罵ってやる」と意気込んでいた時もあった。

 引っ張り出したエピソードも確かな事実ではあるものの、リナリーが食事中に倒れる原因を作ったのは何を隠そうアリシア自身。エリオットとリナリーの接近をよく思わないアリシアがパスタにミミズを混ぜるという超絶トラウマものの嫌がらせを行ったのだ。何より、彼は仮にもこの世界における一国の王太子、つまり王子様。

 そんな人間を相手にビンタ。アリシアの経験した172回の死を思えば、たかが一回のビンタなんて大したこともないような気もする。だけれど、さすがに流れというものがあるだろう。私は「これにてさようなら!」ではなく、来週の王妃の生誕祭で彼に会うことが決定しているのだ。

 泣きたい。
 きっと、どこかで見ているアリシアの魂にも恨まれていることだろう。アリシアの願いはエリオットとのハッピーエンド、しかし私が取っているのは真逆の行動なのだから。


「でも、あのスカした顔で恋を語られたらムカついてしまうのよね…」

 静かな部屋の中に私の独り言は呑まれていった。
 あんな事件があったので、自室で眠るわけにもいかず、余っていた客間の一つを借りることになった。伯爵家ということで、無駄に部屋は持て余しているようだ。

 するりとベッドから抜け出して、鏡の前に立つ。

 悪女らしい真っ赤な髪は、いつもの柔らかなピンク色に戻っていた。窓から入る月明かりが照らし出すのは、甘酸っぱい初恋のような桃色。リナリーを見たら胸が高鳴るエリオットの心の色は、きっとこんな淡い色をしているのだろう。

 むしゃくしゃする。アリシアの気持ちも考えずにぬけぬけと自分の恋心を吐露するなんて、デリカシーの欠片もない。そのくせ逃げ出した婚約者の行く末を、魔獣に変身してまでこっそり付け回すとは何事か。

 というか、サバスキアでの話を聞いて彼はどう思ったのだろう?リナリーに対して「幼少期はちょっと不思議ちゃんだったのかな」ぐらいの感覚で居るのだろうか。彼女が何らかの魅了魔法が使える可能性は高い。問題は、それが証明出来ないということ。

 作中では、王妃の誕生日イベントでリナリーは聖女の力に目覚めることになる。その奇跡的な突然変異が起こる瞬間を自分が目の当たりにするのは不思議なことだけど、それによって王妃の体調も改善したりするし、アイデン家とアビゲイル王国にとっては喜ばしいことだろう。

 さらには、手に入れた力のお陰でリナリーは王室入りも認められる。それはつまり、王太子であるエリオットとの結婚が許されるという意味だ。

(………なんだけど、)

 しかし、どういうわけかエリオットはアリシアとの婚約破棄を未だにしていない。物語と違った流れを辿る今世に、私が気を抜けないのはそのためだ。ヒロインであるリナリーと結ばれるためにはアリシアは不要。やはりデズモンドの塔行きを逃れたから、話の筋書きを変えてしまったとか?

 でも、そもそも彼はデズモンドの塔に幽閉する予定など無かったと断言していた。仮にもしも、サラによって変更された虚偽の伝言のせいで、アリシアがデズモンドへ幽閉されたのだとしたら……

 まとまりそうにない思考を止めて、再びノロノロとベッドへと戻った。小さな魔獣だったけれど、ペコロスが居ないだけで随分とベッドは広く感じる。慣れ親しんだ温かな体温を思い浮かべて、私はゆっくりと目を閉じた。

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