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第五章 祈りの王都ダナ
49.悪役令嬢は確認する
しおりを挟む「ちょっと待って……どうして、」
「じきに王宮から状況確認をするために派遣された担当者が見えます。お嬢様はすぐにこの場を去ってください!」
「なぜ私が去らなければいけなの?私は何もしていないわ!」
「サラの遺書にお嬢様の名前があったのです!それをリナリー様が発見されて……」
スッと背筋が冷えて行くような感覚。
どういうこと?どうして私を見送ったサラが私の部屋で死を図ったりするの?それをタイミングよくリナリーが知るなんて信じられない。
理解が追いつかない私の腕の中でペコロスが心配そうに鳴く。彼女の言うように私は逃げるべきなのだろうか。混沌とする思考に沈みそうになった私の背中を、ニコライが押した。
「君は何も悪いことはしていない。そうだろう?」
「………していないわ、誓って」
「じゃあ恥じることはない。家に帰れば良い」
「そうね。ありがとう…ニコライ」
柔らかな笑顔を見つめ返す。
マリソルから彼に付いて来てもらって良かった。私はきっと一人だったら、怖気付いて逃げ出していたから。
でも、と言い縋るメイドを制止して玄関へと歩みを進める。騒がしい家の中を覗き込むと、廊下の向こうで震える母モーガンと、その肩を抱く父ドイルの姿を見つけた。意を決してズンズンとそちらへ向かうと二人は幽霊でも見たように一瞬目を丸くした。
「「アリシア……!」」
私は自分の笑顔がぎこちないものになっていないことを願いつつ、ニコライとペコロスを両親に紹介する。
「サラが…亡くなったと聞いて、」
「ええ、そうなの!つい二時間ほど前のことよ。私たちも何がなんだか分からなくって…あまりに突然で…」
「私の部屋はそのままですか?」
「あ……え?そのままではあるけど、まさか貴女見に行くつもりじゃないでしょう?」
「確認したいことがあります。それに、遺書が残っていたと聞きました。当時の状況を伺っても?」
モーガンはドイルと顔を見合わせる。
引く気を見せない私に観念したのか、やがて二人はぽつりぽつりと語り出した。ネイブリー伯爵家で起きた悲惨な事件について。そして、意図せぬ客人リナリー・ユーフォニアが訪れた経緯について。
「アリシアが居なかった間も、サラは熱心にお前の部屋を掃除してくれていたんだ。今日もいつもと同じように掃除機を掛けて拭き掃除をしてくれていた」
「そんな時のことよ、貴女の友人が訪れて来たの」
「リナリーですね?」
「……ええ。最近貴女の姿を見ないから、と心配していたわ。貴女の事情は知らなかったみたいで…一応、遠方に出掛けていると伝えたんだけど」
「それは…その方が良いでしょうね」
モーガンの気遣いは適切だったと言える。
リナリーがどこまで事情を知っているのか分からない以上、こちらから不用心に情報を開示しすぎない方が良い。
「せっかくだからとお庭の案内をして、私の趣味の刺繍などについて話をしたわ。随分と明るい子で、ついつい話が進んでしまってお茶のお代わりを頼んだんだけど…」
「?」
「運悪くメイドが出払っていたみたいで、仕方ないからキッチンの方へ呼びに行ったの」
そこまで話すと一度目を閉じて、モーガンは震える手を反対の手で押さえた。
「夕食の準備をしていた者にお茶を用意するように伝えて部屋に戻る途中、大きな物音がしたの。サラが居るはずの貴女の部屋から。それで…それで見に行ったら、もう……」
目に涙を溜めて嗚咽を漏らす母の肩をドイルは優しく抱き締める。
私はどんな顔をすれば良いのか分からなかった。サラはアリシアの世話を長年して来たメイド。アリシア自身もサラのことを信頼していた。その彼女がこんな形で物語から退場してしまうことは、誰にも予測できなかった事態だ。
(おかしいわ…話の展開が違う……)
アリシアが幽閉イベントを回避したからだろうか。それともリナリーのことを探るような真似をしたから?どうして私の知らないところで、こうも捻れていくの?
止める二人の声を振り切って私は自分の部屋へと向かった。何もやましいことなどないのに、一段階段を上がるたびに心臓が跳ねる。確認しなければいけないけれど、その現場を見たくない気持ちも強くあった。
「………っ!」
開きっぱなしになった扉の向こうで、サラは床に平伏すように転がっていた。倒れた時に当たったのか、足元には割れた姿見の破片が散らばっていて、伸び切った片手には錠剤の入った瓶が握られている。これを飲んで彼女は息絶えたということだろうか。
その顔までは見る気になれなくて、私はニコライに目で合図を送って足早に部屋を去った。見たところは完全に自死だ。誰かに危害を加えられた様子はない。
「おそらく……あの時の術師だと思う」
階段を降りながら呟くように言ったニコライに、私は力無く頷く。今となってはもう遅い。サバスキアでイグレシアに言われた言葉が頭の中で警告のように響いていた。
また、誰かが不幸になる。
青い蝶は災いを呼ぶ、と。
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