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第四章 蝶の舞う街サバスキア
42.悪役令嬢は青い蝶に紛れる
しおりを挟む「……それにしても、」
サバスキアの街に降り立って気付いたことだけど、この街には至るところに青い蝶が飛んでいる。これがニケルトン侯爵家の乳母が言っていたこの土地で有名な蝶なのだろう。ヒラヒラと視界を横切る青い羽を目で追いながら、ペコロスを地面へ下ろした。
ここのところペコロスは食べて寝ての繰り返しだからか、やけに重くなってきている気がする。なかなかに疲労の原因となっているので、ダイエットさせる必要があるかも。
「どうする?電車に乗り換える前に街を見ようか?」
「そうね。せっかくだし、少し寄ってみたいわ」
「分かった。じゃあ昼食はここで取ろう」
船内で一泊したため、若干の疲れが残った身体をズルズルと引きずって歩く。見たところ、サバスキアは小さいながらも美しい蝶が飛び交う綺麗な街だ。特に不穏な気配は感じないし、荒れ果てたスラムといった感じでもない。
(サラを疑うのは間違いだったかも…)
ネイブリー伯爵家に長く勤めている彼女が、アリシアに何かするなんて考え難い。第一、恨む理由もないし。
ずっと船の上で考え事をしていたからか、頭も痛む。時間があるならば、ここで一泊してゆっくり落ち着きたいところだけれど、そう悠長にも出来ない。
「あら、いつの間に戻ったんだい?」
「え?」
突然背後から肩を叩かれて、私は驚いて振り返る。
片手にたくさんの花を詰めた籠を持ったふくよかな女が怪訝そうな顔でこちらを見ている。足が悪いのか、寄りかかるように杖に体重を預けていた。アリシアの母と同年代ぐらいだろうか。有り余る嫌悪感を浮かべているけれど、私はまったく身に覚えがない。
「アンタが孤児院を出て行ったのはもう五年も前のことね。随分と月日が経つのは早い。お姉さんには会えたの?」
「………え?」
「やだねぇ。王都にいる家族を探すって言って、戻って来た先生と一緒にサバスキアを去ったんじゃない。ほら、あの孤児院で働いていた若い先生…名前はサラだったかい?」
「何を…仰って……」
「どうして忘れた振りを?リナリー、アンタのことだよ」
「違います、人違いです…!」
苛々した様子で首を傾げる女をその場に残して、ペコロスを引っ掴み、私は逃げるように細い坂道を駆け上がった。後ろから慌てたようにニコライが「待って!」と声を掛けるのが聞こえる。
意味が分からなかった。
どうして彼女は私をリナリーなんて呼ぶの?
リナリーは田舎町から花売りとして王都にやって来る。より良い収入のために自分の身ひとつで乗り込んで来るのだ。そんな彼女の健気な姿と折れない心に私たち読者は惹かれていた。リナリー・ユーフォニアは、努力を重ねて、自分の手で成り上がった究極のヒロイン。
孤児院で育ったから両親が居ないことは作中でも書かれていたけれど、家族を探すために王都へ来たなんて初耳だ。姉を探すって、リナリーに姉妹が居たの?
(こんなの…まるで……)
坂の上まで上り切り、息を切らしながら倒れるように屈み込むと、後ろから追い付いたニコライが同じく荒い息を繰り返しながら「大丈夫?」と問い掛ける。
「大丈夫じゃないわ…何が、なんだか……」
「アリシア、決める権利は君にある」
「………?」
「知りたいならば、きっと答えは此処にあるよ」
スッとニコライが指差す先を見つめるとその先には「サバスキア孤児院」と書かれた大きな門があった。美しい街の中に突如現れた古めかしい建物は、まるでそこだけ時間が止まっているような異様な雰囲気を放っている。
私は静かに目を閉じて、心の中のアリシアに問い掛ける。
「行きましょう。本当のことが知りたいから」
ニコライは元気付けるように私の背中を叩いた。
舞い上がる風と共に立ち上がって、呼び鈴を押す。
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