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第三章 南の楽園マリソル
36.悪役令嬢は推測する
しおりを挟む秋の風の中を抜けて、逃げるように教会へ帰った。薄暗い廊下の先にある部屋の扉を開けると女医さんと交代したのか、シスターのような格好をした女がこちらを振り向いた。
「すみません、魔獣を診てもらっていて……」
「ああ!良い子にしていましたよ。眠そうにしていたのでちょうどベッドへ移したところです」
女に付いてベッドの方へ回ると、布団を頭まで被ってすやすやと眠るペコロスの姿があった。そっと顔を見ると嫌な夢でも見ているのか怪訝そうに眉を寄せている。
温かな体を抱き抱え、シスターに礼を伝えて部屋へ戻ることにした。食欲はあまりない。ペコロスも眠っているし、このまま部屋の中で考え事でもしようか。
エリオット・アイデンは私に王妃の誕生祭へ来るように伝えた。来週というと、あまり悠長に構えることも出来ない。いったい彼はどういうつもりなのだろう。
リナリーはきっともう王宮に居るはずだ。
原作によると、王都で花を売っていた彼女は安宿を借りていたけれど、支払いが滞って追い出されることになる。それを聞いたエリオットは友人として救いの手を差し伸べ、リナリーは見事に王宮入りの切符を手に入れる。
無駄なく進んでいくリナリー・ユーフォニアの人生。
出来すぎた話とはこういうことを言うのだろう。
(………出来すぎた話?)
違和感が頭の隅を掠めた。何の根拠もない仮説が脳内でパズルのように組み立てられる。ヒロインは絶対的な存在、だけれど、もしもそのヒロインがすべてを仕組んでいたら?
リナリーが計画的にエリオットの前に現れ、魅了の魔法を使ったのだとしたらどうか。完全無欠の鉄仮面のような男がリナリーだけにやけに構うのも納得できる。
視界の隅でベッドの上に転がしたペコロスが咽せるのが見えた。慌てて駆け寄って背中を摩ってやる。
「こじつけにも程があるわよね……第一、魔力のないリナリーがどうやって魅了するの?」
精神系の魔法には強い魔力が必要とされる。リナリーが魔力を手に入れるのは王宮に入った後の話。アリシアに呪いを掛けるにしても十二歳の時点で接点はない筈だし、リナリーを悪の根源にするのは無理がある。
魔力がない人間には他人が持つ魔力の大きさが分からない。けれども、魔法学の師であるクロノスや精神魔法が使えるエリオット、私が転生する前のアリシアであれば、相手が持つ魔力の大きさぐらい測れるはず。したがって、リナリーがもしも魔力を持っていた場合は、出会った時点でそれは親切な語り手によって読者へと知らされているだろう。
考えれば考えるほど、意味が分からない。
ベッドの上に投げ出した足を見つめた。
これからいったいどうするべきなのか。エリオットのあの言い方では、どうやら彼はもう私を捕まえる気はないようだった。デズモンドの塔へ行くのは精神科医に診せるためだという言い訳じみた主張は理解出来なかったけれど、追われる身でなくなったと言うなら気持ちは楽だ。
エリオットの手から逃れるために身元を隠していたから、その必要がないなら、自分の視力を悪くしそうなこの伊達眼鏡ともおさらば。加えて、心配する両親を振り切って出て来たのも無駄だったということで、私はもう家に帰るべき?随分と呆気ない終焉だ。
明日になったらニコライに本当の名前を伝えよう。彼には色々とよくしてもらったし、良い友達になるためには嘘を抱えているのはきっと良くない。
王妃の誕生祭に行って何か変わるのだろうか。
エリオットとリナリー、初々しい二人の門出を手を叩いて祝う?
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