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第二章 ニケルトン侯爵家

18.悪役令嬢は約束する

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 クロノスにもらった封筒の中には「ルイジアナ・コレツィオ」という人物の名前と住所が書かれていた。この人がネイブリー家の料理長を務めていた人なのだろう。

 書かれた住所にはまったく覚えがない。そりゃあまあ、アリシア・ネイブリー断罪ルートを外れたのだから、出てくる場所や人物が未知なのは仕方ないけれども。主人公であるリナリーの人生を辿るならまだしも、敵対する悪女アリシアの人間関係や思いなんて作中で語られていない部分の方が多い。

 新しい家探しをする前にこの人物が住んでいる場所が此処から近いのかどうか確認する必要がある。とんでもなく遠いなら、家を見つける前にそちらに移動して宿でも取った方が良いかもしれない。

 こんな行き当たりばったりで大丈夫なのだろうか。最悪、数日間はどこかで宿を取るとして、これから先はどこに住めば良いか分からない。また何処かの屋敷で泊まり込みで働かせてもらう?そんな都合の良い話はなかなかないだろう。

 王都から離れるのもアリかもしれない。
 エリオット・アイデンとわずかでも遭遇する可能性があるのなら、私は王都に居るべきではない。クロノスから聞いたアリシアの想いは胸に残っているけれど、先ずは身の安全を守る必要がある。

 私は本日何度目かの溜め息を吐いた。


「アリア!かなしい?」

 ふと下を向くと絵本を読んでいたロムルスが顔を上げてこちらを見ていた。母であるマグリタと同じ夕焼け色をした瞳が心配そうに揺れている。

「大丈夫よ。何も悲しくないわ」
「でも……ママがアリアはあしたでバイバイするって…」

 ぶわっと瞳に涙の膜が張ったのを見て、私は慌ててふくふくした頬っぺたを両手で包み込んだ。

「泣かないで、ロムルス!ずっとお別れじゃないもの。またいつか貴方たちと会うことはできるから」
「ほんと?みんなであそべるの?」
「ええ。ロムルスもレムスも一緒よ」
「やったーぼくも一緒だー!」

 後ろから突進してきたレムスを抱き止めて、二人並んだ栗色の髪を撫でる。

 一週間は本当に短かった。クロノスのいるニケルトン公爵家を訪れたのが水曜日、その後バタバタと日常に追われていたらあっという間に今日はもう土曜日だ。明日には元々乳母を務めていた女性が復職するというから、私の仕事は今日で最後。

「ママがね、言ってたの。ぼくたちは力があるんだって」
「うん。将来はきっと立派な魔法使いになれるわ」
「でも、アリアもだよね?」
「え?」
「アリアもまほー使えるんだよね?」
「ごめんなさい…私は、今は使えないの」
「うそだよ!だってアリアからはまほーの、」

 必死に訴えるロムルスの隣でレムスが眠そうに目を擦る。時計を見るともうお昼寝の時間になっていた。

 私は二人を抱き抱えたまま、小さなベッドが並べられた寝室へと向かう。既に寝息を立てているレムスにタオルケットを掛けてやり、まだ話がしたそうなロムルスに向き直った。

「ロムルス、今はお昼寝しましょう。また起きたらおやつを食べていっぱいお話ができるわ」
「やくそくだからねっ!」
「ええ。約束よ」

 小さな指を握って約束を交わすと、安心したように双子の片割れは目を閉じた。二人はどんな夢を見るのだろう。

 短い間ではあったけれど、こうして懐いてくれて嬉しかった。嫌われ者のアリシア・ネイブリーが、自らの断罪イベントを避けることで歩めなかった別の道を生きていることは、一読者として面白い。

 しかし、これは逃亡劇であって一寸先は闇。
 べったりとした不安はどこまでも追ってくる。

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