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第二章 ニケルトン侯爵家

17.悪役令嬢は整理する

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 その後、仕事へ戻るというグレイを見送って私たちはニケルトン公爵の家を後にした。屋敷を出る間際にクロノスから手渡された白い封筒をしっかりと握り締めて、私は車の中で息を吐く。

 双子たちは遊び疲れたのか、マグリタの膝の上に頭を乗せて眠りに落ちていた。同様に今朝からずっとお眠な様子だったペコロスも私の膝の上でゴロンと腹を見せている。柔らかな毛を撫でながら今後のことに思いを馳せた。

 マグリタやグレイにお世話になるのも、あと少しの間だ。せっかく懐いてくれたロムスやレムルスと離れるのは寂しいけれど、もとより一週間の期限付き採用だったため仕方がない。結局、次の家なんてまったく決まっていないし、このままでは家なき悪役令嬢になってしまう。

 今日聞いた話、そしてこの先の自分の人生を思うと頭は重たくなってきたので、私は規則正しく胸を上下させる小さな生き物を抱き締めて目を閉じた。


「アリア、」

 隣に座るマグリタが心配そうに呼び掛けるので、顔を上げる。

「貴女さえ良ければ、もう少しの間は屋敷で二人の世話をしてくれても良いのよ。子供たちも貴女のことが好きだし…私もとても助かっているの」
「奥様……」
「事情は知らないけれど、貴女が何かを抱えていることは分かるわ。いつでも頼ってくれて良いから」

 薄い夕焼けのような色合いの瞳を見つめる。どこまでも優しい彼女の言葉に甘えてしまいたくなる。それじゃあ、あと一ヶ月お願いします!と言いたくなる気持ちをグッと抑えて、私は笑顔を作った。

「ありがとうございます…でも、大丈夫です」

 グレイ・ニケルトンが王妃の親戚であることが分かった以上、あの屋敷に居続けることは危険だ。現にエリオットは何かを感じ取ったようだった。今日はなんとか誤魔化せたものの、エリオットの登場に怯えながら過ごすなんて御免。

 何回もの巻き戻りを経験したアリシアはずっとエリオットとのハッピーエンドを夢見ていた。叶うことのなかったその願いが、彼女の逆行に影響しているのだとしたら、何とかして無念を晴らしてあげたい。

 しかし、クロノスの話と照らし合わせると今回は少し事情が異なる。私は自分の意思で断罪イベントから逃げ出した。そして、おそらくこのまま行けばアリシアが死亡することはないはずなのだ。

 私はただ、自分の身を隠すだけ。

 王都から離れて、どこか遠い場所で悠々自適な異世界生活をエンジョイすれば良い。私をとっ捕まえようとするエリオットたちから逃げるために魔力は必要だったけれど、上手く逃げおおせたらべつにそんなものは不要だ。

 消えてしまったアリシアの魂には申し訳ないけれど、エリオットの心を取り戻すよりも、自分の身を守るルートを進んだ方がはるかにアリシア・ネイブリーとしての生存確率は高い。

 私は人助けをするために異世界に来たわけではない。
 アリシアにとっても、きっと彼女の生きられなかった未来を生きた方が幸せなのではないだろうか。手に入らない男のことを想い続けて、奪われた自分のポジションで穏やかに微笑むヒロインを見守るなんて地獄も良いところ。

 答えは初めから出ている。
 それなのにどうして、こんなに胸が痛むんだろう。


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