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第二章 ニケルトン侯爵家
16.悪役令嬢は考える
しおりを挟むアリシア・ネイブリー。
天性の卑劣な性分でヒロインを苦しめる悪役令嬢。泣いている人が居たら高らかに嘲笑い、怒っている人が居たら鏡を差し出して醜い顔を指摘する嫌味な性格の持ち主。弱者からは恐怖され、強者からは疎まれる存在。
そんなアリシアが逆行しているですって?
人生半ばで呪われた上で?
「アリシアは十二歳になって黒魔法を掛けられたら、魔法学の師である私に定期的に相談に来ていたが、それも二十歳を過ぎると途絶える。彼女のやり直しの失敗を知るのはいつもアリシアが死んだ後だった」
変わらない人生を諦めたのか、パタリとアリシアはクロノスの元には現れなくなるらしい。そして、そのまま孤独な最期を迎えると。
「減った半分の魔力はどうなるのですか?」
「うぅむ……そこが謎なんだ。魔力が完全に無くなったら今回のようにアリシアの人格が消失するということは分かったが…」
「……呪いを掛けた人間が奪った可能性は?」
「誰が掛けたか分からんのだよ。172回もやり直して、どのアリシアも見つけられなかった」
どうして?
不思議そうな顔をする私に向かってクロノスは首を振った。
「通常、他人の魔力を減少させるような悪質な黒魔法を使った術師には魔法を掛けた痕が残る」
「痕…ですか?」
「火傷だったり、人体の損傷だったりするが。代償なしで簡単に他人は呪えんということだ」
「…そこまでして……」
「しかし、アリシアが調べ上げてもそんな痕が残った人間は居なかったらしい。彼女もお手上げだった」
黒魔法を掛けた人物は、エリオットとアリシアの仲を嫉妬して引き裂こうとしているような気がする。もしくはネイブリー家や王室に反感を持っている人物という可能性もある。しかし、アリシアの周辺にそんな人が居たらきっと今までの彼女が見つけ出しているはず。
アリシアの父親であるネイブリー伯爵は確か建築関係の事業を手掛けていた。あの性格的に敵を作りそうには見えないけれど、どうなのか。王族であるアイデン家に関しては他国との関わりもあるし、様々な可能性が浮上してしまう。
作中では、アリシアではなくヒロイン視点で物語が進んでいくため、アリシアがまだ子供と呼べる十二歳の時にどういった人生を歩んでいたかなんて触れられていない。リナリーとアリシアはエリオットより五歳ほど年下だったことは覚えているけど、リナリーは十八歳で王都へ来るまではずっと田舎町に居たはず……
だめだ。分からないことが多過ぎる。
「アリシアはこのことを誰かに相談しなかったのかしら?エリオットは知らないの…?」
クロノスは静かに首を横に振る。
「言えるわけがない。アリシアは自身が受けた不名誉な呪いについて、周囲に知られることを何よりも恐れていた」
「じゃあ、これまではただ死ぬのを待つだけだったということですか?アリシアは先に起こることを分かっていたんでしょう?」
「中身がアリシアであれば知っていたはずだ。しかし、君のように別人が完全に乗っ取っていたら分からない」
「………そんな…」
「私が知っているのは、半分の魂と魔力で彼女は徐々に精神のバランスを崩していったということ。人伝に聞いた噂によると、数々の奇行によってエリオットの信頼も同時に失ったようだが…」
クロノスの言うことは分かった。
アリシアの奇行とはつまり、ヒロインであるリナリーへの悪行の数々、そしてその他にも彼女が周囲へ対して取った諸々の対応のことを指しているのだ。
そういえば、作中ではリナリーの肩を持つ幼馴染の令嬢の家を燃やしてボヤ火事騒ぎにしたこともあったような。気性が荒く喧嘩っ早いと評されることもあったアリシア・ネイブリーはやたらと敵も多かった。そうした性格すらも崩れた調和が生んだ歪みなのだろうか。
「アリシアが二十歳になるまでネイブリー家で料理長をやっていた人間を知っている。良ければ紹介しよう」
「その方はアリシアのことを…」
問い掛ける私の後ろでノックの音がした。
クロノスが返事をすると、遠慮がちに開いた扉の隙間からマグリタが顔を覗かせている。
私は慌てて椅子から立ち上がった。気付けば外は雲が立ち込めて天気が崩れかけている。どれくらいの間こうして話し込んでいたのだろう。
「アリアくん、」
「はい…?」
「手紙を書いてくれ。君の力になりたい」
「ありがとうございます、ニケルトン公爵」
私は深く頭を下げてマグリタの元へと向かった。
お話が出来たのね、と優しく声を掛けてくれるマグリタにも礼を伝える。相談をして解決するつもりが、かえって考えることが山積みになった。
転生しているだけでなく、転生先の悪役令嬢がまさかの逆行を繰り返す設定。アリシアの未練が巻き戻しを生んでいるのだろうか。彼女の夢を叶えることで、逆行を止めて物語を先へ進めることが出来る?
それはつまり、エリオット・アイデンの心を取り戻すということ。
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