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第二章 ニケルトン侯爵家
11.悪役令嬢は魔獣を名付ける
しおりを挟む私は途方に暮れていた。
一日の仕事を終えてヘトヘトになりながら市場へ出向くも、運営は飼い主による魔獣の問い合わせなど来ていないと言う。それどころか、魔獣を連れて市場へ来ることは禁止されているのでやめてください、と言われる始末。
私は仕方なく、またニケルトンの屋敷へと戻ってマグリタに事情を説明した。マグリタは優しい目で魔獣を覗き込むと「良い子にできる?」と尋ねる。
「ブフッ…ブッフー!」
どうやら魔獣は彼(もしくは彼女)なりの意思表明をしたようで、おでこの角をブンブン振りながらマグリタに自分がいかに躾の行き届いたペットであるかをアピールしたいようだった。
その姿には私もマグリタも少し笑ってしまう。
「いいわ、アリア。貴女のことは子供たちも私も気に入っているし、ちゃんとお世話できるなら認めます」
「ありがとうございます!マグリタさん!」
「じゃあ魔獣の餌も用意しなきゃね」
「あ、そうだ……魔獣の餌って…」
「ええ。パリパリの昆虫類よね?」
「……!」
ギョッとして固まる私の腕の中で、魔獣が小刻みに震え出した。マグリタを凝視しながら必死で何かを訴え掛けるようにバタバタと脚を動かしている。
「あら?昆虫は嫌い?」
「ブフッ!」
「じゃあ私たちと同じもので良いのかしら?」
「ブッフー!」
大きく頷くように頭を振る魔獣を見ながら、なるほどなかなか意思の疎通も出来そうだと考えた。
◇◇◇
静かな食堂に、私がカトラリーを動かす音だけが響く。今日の夕食はグリルした豚肉だったので、共喰いになってしまうのではないかとやや危惧したが、ほぐして与えると魔獣は嬉しそうにパクパク食べた。
魔獣のくせにテーブルに乗っていたワインまで欲しがるので、私は常に目を光らせていなければいけなかった。
「貴方にも名前を付けてあげないとね。それとも、もう何か呼ばれ慣れた名前はあるのかしら?」
「ブフンッ」
「なるほど、ないのね。少し待ってね……」
「ブフッ!」
「うーん…ジョン?ちょっと犬っぽいか…」
「ブフッフー」
「ペコロスは?」
「ブフブフッ!」
嬉しそうにギュッと鼻を押し付けてくるから、気に入ったのかもしれない。この小さくて丸っこい感じは玉ねぎに似てなくもないし、なかなか良いかも。私は柔らかなピンク色の毛を撫でながら軽く魔獣を抱き締めた。
この子の名前はペコロス、新しい私の家族。
悪役令嬢のペットにしては可愛すぎるけれど、これからの旅路が一人ではないと思うと安心した。物語の中のアリシアが成し得なかった「家族を作ること」を、その身体を乗っ取った私が実現させるのは感慨深いと同時に胸が締め付けられる。腹を見せてもう眠りに落ちたペコロスの小さな身体から、温かな体温を感じながら私は目を閉じた。
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