11 / 95
第二章 ニケルトン侯爵家
09.悪役令嬢は魔獣を買う
しおりを挟む老婆の店を出て数歩進んだところで、私は何かの鳴き声を聞いた。豚のような牛のような、何かよく分からない動物の鳴き声。
辺りを見渡すと、物乞いのような貧しい格好をした姉弟が青いシートを広げてガラクタ同然のものを売っている。市場も中心から遠のくに連れて、売買される品物の質が下がってしまうのは知っていたけれど、彼らの店もあまり儲けは良くないようだった。
鳴き声の発信源はおそらく売られている小さな魔獣だろう。豚をぎゅっと縮めたようなそれは、両手で抱えられるほどの大きさで、終始不安そうにブフブフと鳴いている。
(自分の行く末が分かっているみたい……)
買い手のない魔獣は最終的に殺処分の対象となる。小さな魔獣はペットとしての需要があるものの、このような場で売られているものは血統も分からないし、取引自体がグレーだからだ。先ほどの兵士たちに見つかれば一発で終わりだろう。
可哀想に思ったけれど、こちらも居候の身。犬猫よりは物分かりは良いと聞くが、魔獣を人様の家で飼うことは流石に家主の許可がないと出来ない。
そのまま通り過ぎようとしたところ、一際大きな声で魔獣は鳴いた。思わず歩みを止めてしまう。
「……この魔獣は貴方たちの売り物よね?」
「いいえ、私たちも知りません。気付けばここに居て…ずっと鳴いているのです」
「え?そうなの?」
てっきり商品だと思っていたけれど、迷子なのだろうか。
「運営には問い合わせた?」
「それが…運営は一時間ほど前に閉まったので…」
「そうなんだ」
ブフッと再び悲しそうに鳴く小さな生き物を見る。モフモフとしたピンク色の柔らかな毛並みに、おでこから生えた一角獣のような角。
魔力が存在するアビゲイル王国には、牛や馬と同じようにこういった魔獣が存在する。大きなものは戦闘用として使われることもあるが、小さなものは主にペット目的で家に置かれることが多い。しかし、小さいと思って飼ったらとんでもなく馬鹿デカく成長することもあるので注意が必要だ。
アリシアもたしか幼少期に小さなうさぎのような魔獣を飼っていたけれど、エリオットと婚約する時に彼が魔獣アレルギーだとかで泣く泣く親戚の家に引き渡した。こんな可愛い動物を手放すなんてきっと悲しかっただろうに。
いやいや、何を考えているの。
私には飼えないんだってば。
「えっと…そうね、じゃあ私が預かろうかしら?」
「え!本当ですか!?」
「え…ええ、たぶん」
気付けば口が勝手に動いていた。
姉弟は安心したような顔を見せる。私は勝手な行動を猛省する心を「でも放っておけないじゃない」と嗜めながら、柔らかな魔獣を腕に抱いてみた。
お日様の匂いがするそれは思ったよりズシリとくる。なかなか肉付きが良いから、見た目よりも重いのかもしれない。
「今日はお店は繁盛した?」
「それが…あんまり…」
悲しそうに答える幼い弟を見ていると胸が痛む。彼は紙を切ってオブジェのようなものを作って売っているようだった。私は小さな手に握られるハサミを見ながら口を開いた。
「ねえ、こうしない?」
「?」
「私はこの魔獣を貴方たちから買ったの。でも生憎お金はもう持ち合わせていない。だからこの髪を提供するわ」
私は自分の頭を指差す。
現代では考えられないことだけど、この国ではピンク髪はブロンド髪よりも高値で取引される。細さのわりには意外にも強度が高いため、色々と需要があるようだった。
双子のお世話をするにしても邪魔だったし、ちょうど良いだろう。困った顔をする弟の隣で、姉はその価値が分かっているようで目を輝かせている。一週間分ぐらいの食費になれば良いけれど、と思いながら手で束を作って、肩ほどの長さでバッサリとハサミを入れた。
ポケットに入れていた髪結のゴムで括って、手渡す。
「これぐらいしか出来なくてごめんなさいね。少しでも足しになれば良いけれど……」
ブフブフと再び不安そうに鳴き出す魔獣を抱き上げて、私は踵を返して屋敷への道を歩み出した。頭がサッパリしたからか、気分も爽快だ。あとはこの魔獣についてなんと伝えれば良いのか、夫人へ説明する内容を考えないと。
32
お気に入りに追加
1,193
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる
レラン
恋愛
前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。
すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?
私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!
そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。
⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎
⚠︎誤字多発です⚠︎
⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎
⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる