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第二章 ニケルトン侯爵家

09.悪役令嬢は魔獣を買う

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 老婆の店を出て数歩進んだところで、私は何かの鳴き声を聞いた。豚のような牛のような、何かよく分からない動物の鳴き声。

 辺りを見渡すと、物乞いのような貧しい格好をした姉弟が青いシートを広げてガラクタ同然のものを売っている。市場も中心から遠のくに連れて、売買される品物の質が下がってしまうのは知っていたけれど、彼らの店もあまり儲けは良くないようだった。

 鳴き声の発信源はおそらく売られている小さな魔獣だろう。豚をぎゅっと縮めたようなそれは、両手で抱えられるほどの大きさで、終始不安そうにブフブフと鳴いている。

(自分の行く末が分かっているみたい……)

 買い手のない魔獣は最終的に殺処分の対象となる。小さな魔獣はペットとしての需要があるものの、このような場で売られているものは血統も分からないし、取引自体がグレーだからだ。先ほどの兵士たちに見つかれば一発で終わりだろう。

 可哀想に思ったけれど、こちらも居候の身。犬猫よりは物分かりは良いと聞くが、魔獣を人様の家で飼うことは流石に家主の許可がないと出来ない。

 そのまま通り過ぎようとしたところ、一際大きな声で魔獣は鳴いた。思わず歩みを止めてしまう。


「……この魔獣は貴方たちの売り物よね?」
「いいえ、私たちも知りません。気付けばここに居て…ずっと鳴いているのです」
「え?そうなの?」

 てっきり商品だと思っていたけれど、迷子なのだろうか。

「運営には問い合わせた?」
「それが…運営は一時間ほど前に閉まったので…」
「そうなんだ」

 ブフッと再び悲しそうに鳴く小さな生き物を見る。モフモフとしたピンク色の柔らかな毛並みに、おでこから生えた一角獣のような角。

 魔力が存在するアビゲイル王国には、牛や馬と同じようにこういった魔獣が存在する。大きなものは戦闘用として使われることもあるが、小さなものは主にペット目的で家に置かれることが多い。しかし、小さいと思って飼ったらとんでもなく馬鹿デカく成長することもあるので注意が必要だ。

 アリシアもたしか幼少期に小さなうさぎのような魔獣を飼っていたけれど、エリオットと婚約する時に彼が魔獣アレルギーだとかで泣く泣く親戚の家に引き渡した。こんな可愛い動物を手放すなんてきっと悲しかっただろうに。

 いやいや、何を考えているの。
 私には飼えないんだってば。


「えっと…そうね、じゃあ私が預かろうかしら?」
「え!本当ですか!?」
「え…ええ、たぶん」

 気付けば口が勝手に動いていた。
 姉弟は安心したような顔を見せる。私は勝手な行動を猛省する心を「でも放っておけないじゃない」と嗜めながら、柔らかな魔獣を腕に抱いてみた。

 お日様の匂いがするそれは思ったよりズシリとくる。なかなか肉付きが良いから、見た目よりも重いのかもしれない。

「今日はお店は繁盛した?」
「それが…あんまり…」

 悲しそうに答える幼い弟を見ていると胸が痛む。彼は紙を切ってオブジェのようなものを作って売っているようだった。私は小さな手に握られるハサミを見ながら口を開いた。

「ねえ、こうしない?」
「?」
「私はこの魔獣を貴方たちから買ったの。でも生憎お金はもう持ち合わせていない。だからこの髪を提供するわ」

 私は自分の頭を指差す。
 現代では考えられないことだけど、この国ではピンク髪はブロンド髪よりも高値で取引される。細さのわりには意外にも強度が高いため、色々と需要があるようだった。

 双子のお世話をするにしても邪魔だったし、ちょうど良いだろう。困った顔をする弟の隣で、姉はその価値が分かっているようで目を輝かせている。一週間分ぐらいの食費になれば良いけれど、と思いながら手で束を作って、肩ほどの長さでバッサリとハサミを入れた。

 ポケットに入れていた髪結のゴムで括って、手渡す。

「これぐらいしか出来なくてごめんなさいね。少しでも足しになれば良いけれど……」

 ブフブフと再び不安そうに鳴き出す魔獣を抱き上げて、私は踵を返して屋敷への道を歩み出した。頭がサッパリしたからか、気分も爽快だ。あとはこの魔獣についてなんと伝えれば良いのか、夫人へ説明する内容を考えないと。


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