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第二章 ニケルトン侯爵家
07.悪役令嬢は尻を拭く
しおりを挟む小さくて可愛い生き物というのは、観賞用であれば何も考えずに愛でることが出来る。しかし、これが預かった貴族の子供となると話は別だ。
「アリアーー!ロケットはっしゃー!」
「ぴー!ぴー!ばっくします!」
「………あはは、」
マグリタが去ってから30分ほど経過しただろうか。私は双子の子供部屋で途方に暮れていた。
子供の体力半端ない。初めこそ一緒になって遊んでいたものの、背丈の低い彼らに合わせて行動すると、めちゃくちゃ腰にくる。加えてかなり大きな声で話してくれるので、一応聴力が人並みの私は鼓膜が何度か破れそうになった。
「いらっしゃーまーせー!」
「あ、ロムルスは何屋さんをしているのかしら?」
「ハンバーガーやさん」
「わあ!じゃあ、お姉さんにも一つちょうだい?」
「だめ!」
「ええっ……」
いったいなぜ。ショックを受けながら、次は後ろでミニカーを走らせるレムスに向き直る。
「レムスは車が好きなのね、どんな車が好き?」
「あかいのがすき!」
「格好いいわね。赤はヒーローだもんね」
穏やかに話していると、急にレムスが険しい顔をし出した。鼻をフンフン言わせながら、みるみる顔に力が入る。
私は焦って、手に持っていた電車の玩具を床に置いてからレムスの背中を摩った。レムスは小さな身体を震わせながら拳を握りしめている。
「どうしたの!?どこか痛い?」
「……うんち」
「え?」
「うんち!はやくっ!」
「ええ~~!?」
大慌てで双子を両脇に抱えて部屋を飛び出る。トイレの場所は幸いロムルスが教えてくれたので、飛び込んで二人を降ろした。
「じぶんでする!アリアはあっち行って!」
「分かったわ、何かあったら教えてね?」
子供用のステップや手摺りが設置されているのを確認して、ほっとしながらトイレの外で待っていたら、パンツの後ろからトイレットペーパーを靡かせたレムスが出て来た。
ギョッとして近寄る。
「待って!レムス!何か出てるわよ」
「わーアリアがおこったー!!」
キャイキャイとトイレットペーパーを挟んだまま爆走する双子の片割れを追い掛ける。なんとか子供部屋に逃げ込む前に捕まえたので、トイレまで連れて戻りお尻を拭いてズボンを履かせた。
しかし、部屋に戻ると今度はロムルスが泣いている。どうやら積み木に躓いて転んでしまったようで、床に突っ伏したままで鼻水と涙が滝のように流れていた。
「アリアっ、これぇ、いたい~うううっ」
「ロムルス!怪我してない?どこが痛いの?」
「あしがいたい~~おいしゃさんはやだ~!」
目を遣ると少しぶつけたのか打撲の痕があった。
背中を撫でながら、受け売りの「痛いの痛いの飛んでいけ」を何度も披露していたら、やがて元気になったロムルスは楽しそうに笑い出した。
今なら理解できる。
なぜマグリタが最初あんなにも疲れ果てていたのか。我が子は可愛いと言えども、こんなにも元気に動き回る幼児が二人もいたら仕事どころではないし、精神の安定を保つのはかなり困難だろう。
私は心の底から世のお母様方に敬意を払いながら、左右から髪を引っ張る双子を仏の笑顔で嗜めた。この笑顔もはたしていつまで持つのか分からない。
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