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第二章 ニケルトン侯爵家
06.悪役令嬢は乳母になる
しおりを挟む「さあ、ロムルス!レムス!新しい乳母さんよ~!」
玄関からマグリタが叫ぶやいなや、二階からドダダダダッと廊下を駆けてくる音がした。驚いて目を丸くしていると栗色の髪をした幼い男の子二人が転がるように階段を降りて来て、母親の脚に抱き付く。
「だれ!」
「だっれ!」
興味津々といった様子で私を見上げるその小さな生き物たちは、うり二つのクローンのようだ。
「今日から一週間、貴方たちのお世話をしてくれるアリアさんよ。ちゃんと良い子にしてね?」
「「いいこする!」」
「それじゃあ、さっそくで悪いけれど手を洗って着替えてもらおうかしら。今部屋に案内するわ」
テキパキと動き始めるマグリタの後を付いて手を洗い、手渡されたエプロンのようなものを受け取った。こんなに早く住む場所が決まると思っていなかったので困惑しているけれど、身元も分からない私のことを受け入れてくれるのだから有難いことこの上ない。
案内された部屋は簡素な部屋であるものの、必要最低限の設備は揃っている。窓から見える小川は、朝はきっと太陽の光を受けてより輝くだろう。
「まだ三歳だから学校には通っていないんだけど、どうやら少し魔力があるみたいなの。暴走しないようにだけ、気を付けて見てあげてくれる?」
「はい、承知いたしました」
たしかアビゲイル王国では、国民の十人に一人程度の人間が魔力持ちだったはず。程度の差はあれど、きちんと使い方を弁えていないと大変なことになる。
「私自身には魔力はないのですが、二人が危険な目に遭わないようにしっかり監督させていただきます」
「あら?そうなのね。実は私もまったく魔力なんて無いの。双子の祖父、つまり夫の父が優秀な魔法学の先生でね。きっとそっちの血なんだと思うわ」
「そうなのですね……」
その魔法学の先生に相談したら、私の魔力が消え失せた理由も分かるのだろうか。
もともと転生前は平凡な会社員だったから魔法が使えないことに違和感はそこまで無いけれど、これから一人で生きていくことを考えたら、使えるに越したことはない。
マグリタに頭を下げて私は部屋の中で上着を脱いで、ワンピースの上からエプロンを被った。目立たないように比較的地味な服を選んで詰め込んで来たけれど、この服装で誰かに会っても、誰も私がネイブリー家の厄介者令嬢だとは思わないはず。
「お待たせしました」
扉を開けると、マグリタは両腕に双子をぶら下げてげっそりとした顔で立っていた。幼い子供が二人居るというのは、やはりとんでもなく大変なようだ。
「ええっと…それじゃあ双子の部屋に行きましょうか。食事は朝昼夜とすべて使用人が作るから、昼だけ一緒に二人と食べてもらっていい?」
頷いて返事をした。夜は好きなタイミングで食堂へ来てくれたら良いから、と聞いて私は少しだけホッとする。一人で時間を取って考えたいことはたくさんあるから。
マグリタに促されて私の方に近寄って来た二人の子供は、おずおずと私の手先を握った。
「アリア…あそぼう」
「あそぼ?」
あまり馴染みのない小さな生き物に心がきゅんとする。こんなに可愛い子供のお世話をしてお金と住む場所を提供されるとは、なんて良いお仕事。
「ええ、一緒に遊びましょう!」
精一杯の親しみを込めて微笑むと、ロムルスとレムスは嬉しそうにニコニコ笑って私の手を引っ張って行く。一階で仕事をするというマグリタに別れを告げて、私は子供たちと彼らの城である子供部屋に向かった。
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