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第一章 ネイブリー伯爵家

02.悪役令嬢は無力化する

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 そんなまさかだった。

 あの後、いくつか他愛もない会話をサラとして「そろそろ就寝の時間ですよ」と言われたので身支度を整えてベッドに入った。静まり返った部屋で意識を集中しても、まったく魔法は働きそうにない。

(調子が悪いだけじゃないの…?)

 しかし、薄々気付いていたのだ。作中でアリシアが魔法を使う時に重要視されるのは、彼女の魂との調和。赤の他人の魂がその中に入ってしまえば、そりゃあ調和も何もあったもんじゃない。第二の人格に期待して、心の中でアリシアに呼び掛けてみても、スンとしたままで返事はなかった。

 かくして、史上最恐の悪役令嬢は無力化した。

 シーツの上で縮こまって今後のことを考える。魔法は使えないとしても物語は続いていく。夜が明けると、もう幽閉まであと二日しかない。のんびり令嬢生活をエンジョイする間もなく、私は孤独な塔に閉じ込められてしまう。

 まず、ストーリーをおさらいしよう。
 私はアリシア・ネイブリー。ネイブリー家の大切な一人娘で、幼少期から蝶よ花よと可愛がられて育ったせいか自尊心は人一倍強い設定。だけど、そこはまあ魂の入れ替えがあったから、ある程度治まるだろう。

 そして、判明したのはアリシアの魔力がおそらく消えたこと。ものすごく困るし、逃亡する上で絶対に不利ではあるけれど、無いものはどうしようもない。今後、どこかで魔力の回復の糸口が掴めたら良いのだけれど。

(あとは…エリオットとリナリーについても)

 エリオット・アイデンは物語に登場するヒーローだ。かつてはアリシアの婚約者だったが、彗星の如く現れたヒロイン、リナリー・ユーフォニアに徐々に惹かれていき、その心の変化に嫉妬したアリシアが数々の嫌がらせをヒロインにしたことを知って、最終的に幽閉して婚約を破棄するという流れを辿る。

 そもそも惹かれるな、というツッコミは読みながら何回もしたけれど、そこは主人公であるリナリー目線で読んでいるのでまあ許せた。

 しかし、今や私はアリシア・ネイブリー本人。

 いくらヒロインが可愛いと言えども長年の婚約者を蔑ろにすることは許せないし、嫉妬に狂ったアリシアを遠ざけるために閉じ込めるなんて酷い仕打ちだと思う。

(でも……結構やらかしてるのよね…)

 作中では詳しく語られなかったけれど、アリシアがリナリーに行った悪行は多岐にわたる。リナリーが家から出た瞬間雨を降らすとかいう地味な嫌がらせに始まって、外出先で全財産盗まれるとか、パスタにミミズを混入させるとか、鳥の糞を一日に何回も落とされるとか。

 ネチネチと積み重ねたこうした意地悪は、一見リナリーを困らせているように見えるのだけれど、実際のところはエリオットとの距離を縮めていたらしい。現に小説の中では、ずぶ濡れのまま会いに来たリナリーを見てエリオットは心を揺さぶられていたし、街中で無一文になったリナリーの前に何故か偶然エリオットが通り掛かったりしていたし、ミミズパスタ事件に関しても気絶したリナリーをエリオットが抱き抱えて運ぶというハプニングイベントに繋がった。

 ヒロイン至上主義もいい加減にしてほしい。

 読んでいる間は気付かなかった数々のご都合主義ポイントに溜め息を吐きながら、目を閉じる。

 明後日には私はデズモンドの塔に幽閉されてしまう。何としてもそれまでに逃げ出す必要がある。もう時間はないし、魔法が使えない以上、頼れるものもない。


 この世界が物語の通りに順調に進むならば、アリシア・ネイブリーはデズモンドの塔に幽閉された後に死亡する。王太子妃になったリナリーの熱狂的な信者が、提供されるアリシアの食事に毒を混ぜて殺されるのだ。

 それだけは、避けなければいけない。
 どんな手を使ってでも。


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