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第三章 魔王と約束

52 クロエ、サキュバスに出会う

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 嵐のような客人が城を訪れたのは翌日のことだった。

 ギデオンと一緒に朝食をとり、医者のガフが私の傷口の経過を見たがっているという話を聞いていたら、珍しく緊迫した面持ちのクジャータが部屋に飛び込んで来た。


「ギデオン様、ドリアナ様がいらっしゃいました…!」
「は?今か……?」
「はい。とりあえず玄関で待たせていますが、どうしましょう!?一旦お引き取りいただくように頼みますか?」
「今は都合が悪い。外で待つように、」

 焦ったように立ち上がったギデオンの顔が硬直した。
 視線を追うと、クジャータの後ろから女が顔を覗かせる。

 くるんと曲がった黒い二本の小さな角にピンク色の髪。何より目を引くのは、面積の少ない布に包まれた肉感的な身体。出るところは出て、引っ込むところはキュッと締まった煽情的なラインに同性でも思わず唾を飲んだ。

(角がある……ってことは、魔族…?)

 黙って目で観察を続けていたら、ギデオンと同じ黄色い瞳が私を見つめた。

「あら、あなたは誰?」
「え? あ、私は……」
「クロエ、相手にしなくて良い。食事を続けてくれ。ドリアナは俺について来い。別室で話そう」
「そんなこと言って、前に来た時も白砂丘に行くとかなんとかで私を追い出したじゃない!」
「お前が急に来たのが悪いだろう」
「なんでそんなつれない態度なのー!」

 プゥッと頬を膨らましてドリアナは怒りを露わにした。

 ギデオンは困ったようにクジャータに助けを求めているけれど、牛首を横に振ってクジャータもお手上げのように両手を上げている。

 白砂丘に行く日に急遽ギデオンが出迎えた客はドリアナだったのだと知って、私は胸がチクリと痛んだ。

 まったくもって話について行けないけど、ドリアナに自己紹介をするべきだろうか?誰かと聞かれたら手前、名前ぐらいは名乗っておいた方が良い気もする。


「あの、ドリアナさん…私はクロエです」
「はじめまして、クロエちゃん。噂通り可愛いわね…んふっ」
「……えっと…?」

 ずいっと近付いて来たドリアナが私の前に立つ。
 匂いを嗅ぎながら笑顔を浮かべるので驚いて困惑した。

「ドリアナ!クロエに触るな」
「まだ触っていないわ。随分と警戒するのねぇ」
「当たり前だろう。サキュバスのお前がクロエにちょっかいを出したら俺だって堪ったもんじゃない」
「そのサキュバスの身体で満足してた男がよく言うわよ」

 そう言ってケラケラ笑うドリアナを見て私は絶句した。

 そろりそろりと目を向けると、ギデオンはバツが悪そうな顔をしている。その隣で俯くクジャータの姿が目に入った。これはつまり、そういう意味なのだろうか?

(ドリアナさんって……)

 大きなお胸に女性らしいウエスト、お尻も魅力的で女の私が見ても照れてしまうぐらいのグラマラスボディ。

 目の奥がツンとして視界がぼやけた。
 だめだ、このままでは泣いてしまう。


「ギデオン、私、部屋に戻ります」
「クロエ……!」
「えぇ~もっとお話したいのに!私も部屋について行っても良いかしら?何階?」
「すみませんが、気分が悪いので、」

 伸びて来た手をすり抜けて部屋を飛び出す。

 廊下ですれ違ったバグバグがヨーグルトの入ったボウルを持ったままで何事かと目を見開いていたけれど、私は構わず早足で駆け抜けた。

(そうだわ、人間の女の経験がないだけで…彼は…)

 魔王とて童貞であったわけではない。
 恋人だった相手が居ても何らおかしくない。

 そういえば、閨の指導の際に言っていたではないか。
 少し触れられただけで息を荒げる私を前に「魔族はこんなものではない」と。サキュバスといえばあの、何かエッチな漫画でよく出てくる淫魔のこと。そんな女が彼の夜のお相手をしていたならば、私だと当然物足りないはずだ。

 考えたくないのに、女性らしいドリアナを抱くギデオンの姿ばかりが頭に浮かんで、私は白い枕に顔を沈めた。

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