58 / 69
第三章 魔王と約束
52 クロエ、サキュバスに出会う
しおりを挟む嵐のような客人が城を訪れたのは翌日のことだった。
ギデオンと一緒に朝食をとり、医者のガフが私の傷口の経過を見たがっているという話を聞いていたら、珍しく緊迫した面持ちのクジャータが部屋に飛び込んで来た。
「ギデオン様、ドリアナ様がいらっしゃいました…!」
「は?今か……?」
「はい。とりあえず玄関で待たせていますが、どうしましょう!?一旦お引き取りいただくように頼みますか?」
「今は都合が悪い。外で待つように、」
焦ったように立ち上がったギデオンの顔が硬直した。
視線を追うと、クジャータの後ろから女が顔を覗かせる。
くるんと曲がった黒い二本の小さな角にピンク色の髪。何より目を引くのは、面積の少ない布に包まれた肉感的な身体。出るところは出て、引っ込むところはキュッと締まった煽情的なラインに同性でも思わず唾を飲んだ。
(角がある……ってことは、魔族…?)
黙って目で観察を続けていたら、ギデオンと同じ黄色い瞳が私を見つめた。
「あら、あなたは誰?」
「え? あ、私は……」
「クロエ、相手にしなくて良い。食事を続けてくれ。ドリアナは俺について来い。別室で話そう」
「そんなこと言って、前に来た時も白砂丘に行くとかなんとかで私を追い出したじゃない!」
「お前が急に来たのが悪いだろう」
「なんでそんなつれない態度なのー!」
プゥッと頬を膨らましてドリアナは怒りを露わにした。
ギデオンは困ったようにクジャータに助けを求めているけれど、牛首を横に振ってクジャータもお手上げのように両手を上げている。
白砂丘に行く日に急遽ギデオンが出迎えた客はドリアナだったのだと知って、私は胸がチクリと痛んだ。
まったくもって話について行けないけど、ドリアナに自己紹介をするべきだろうか?誰かと聞かれたら手前、名前ぐらいは名乗っておいた方が良い気もする。
「あの、ドリアナさん…私はクロエです」
「はじめまして、クロエちゃん。噂通り可愛いわね…んふっ」
「……えっと…?」
ずいっと近付いて来たドリアナが私の前に立つ。
匂いを嗅ぎながら笑顔を浮かべるので驚いて困惑した。
「ドリアナ!クロエに触るな」
「まだ触っていないわ。随分と警戒するのねぇ」
「当たり前だろう。サキュバスのお前がクロエにちょっかいを出したら俺だって堪ったもんじゃない」
「そのサキュバスの身体で満足してた男がよく言うわよ」
そう言ってケラケラ笑うドリアナを見て私は絶句した。
そろりそろりと目を向けると、ギデオンはバツが悪そうな顔をしている。その隣で俯くクジャータの姿が目に入った。これはつまり、そういう意味なのだろうか?
(ドリアナさんって……)
大きなお胸に女性らしいウエスト、お尻も魅力的で女の私が見ても照れてしまうぐらいのグラマラスボディ。
目の奥がツンとして視界がぼやけた。
だめだ、このままでは泣いてしまう。
「ギデオン、私、部屋に戻ります」
「クロエ……!」
「えぇ~もっとお話したいのに!私も部屋について行っても良いかしら?何階?」
「すみませんが、気分が悪いので、」
伸びて来た手をすり抜けて部屋を飛び出す。
廊下ですれ違ったバグバグがヨーグルトの入ったボウルを持ったままで何事かと目を見開いていたけれど、私は構わず早足で駆け抜けた。
(そうだわ、人間の女の経験がないだけで…彼は…)
魔王とて童貞であったわけではない。
恋人だった相手が居ても何らおかしくない。
そういえば、閨の指導の際に言っていたではないか。
少し触れられただけで息を荒げる私を前に「魔族はこんなものではない」と。サキュバスといえばあの、何かエッチな漫画でよく出てくる淫魔のこと。そんな女が彼の夜のお相手をしていたならば、私だと当然物足りないはずだ。
考えたくないのに、女性らしいドリアナを抱くギデオンの姿ばかりが頭に浮かんで、私は白い枕に顔を沈めた。
116
お気に入りに追加
335
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる