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閑話◆ギデオン視点
雨が止んだら3
しおりを挟む身体が成長して、いよいよ人間の女を花嫁として迎えるという計画が現実味を帯びて来た頃、ある問題が浮上した。
「その……大変言いにくいのですが……」
珍しく歯切れの悪い喋り方をするクジャータに先を話すよう促すと、言葉を選ぶことを諦めたのかポツリポツリと語り始めた。
「今のギデオン様では、人間の女を娶っても上手く行為に及べるか少し心配なのです」
「なんだと?」
「ペルルシアの王女を誘拐するというのは、我が魔族の復讐という面からして賛成ですが……このままでは初夜の際に身体を破壊してしまうのではないかと…」
「余計な心配だ。俺はもう十分学んだ」
言いながら机の上に山積みになった本を指差す。
何処から集められたのか、古今東西の性の話が羅列されたその書籍たちは、役にたつ知識からただの猥談まで幅広い情報を与えてくれた。医学書なんかも混じっていたので、その辺の人間の男よりは詳しいと自負している。
「しかしですね、先代の魔王様もご結婚の際にはかなり苦労されたのです。なにより、人間は我らより脆く壊れやすい」
「理解している。配慮はして進めるつもりだ」
「配慮してもミスはあります。ここは一度、閨の教育を受けてみてはいかがでしょうか……?」
「………閨?」
「はい。なんでもペルルシアの貴族などは、妙齢になると男女の性交渉について実践を以ってして学ぶらしく」
ギョロギョロと忙しなく動き回る目玉を見ながら息を吐く。
この男が人間のこういった話に目がないことは薄々気付いていたけれど、まさか閨教育を進めてくるとは。
閨が何たるかぐらいは知っている。だけれど、実践となれば相手が必要だ。魔王と夜伽を共にして、その身体を使って教育まで施してくれるような聖母が果たして居るのか。
(………居るわけがないだろう)
それから慌ただしく時は過ぎ、親切な家臣たちは娼婦や奴隷など手頃な女を見つけては城まで連れ帰ってくれた。
しかし、実践は簡単な話ではなかった。
そもそも意識を取り戻して使用人の姿を見た瞬間に発狂したり、会話まで進めたとしても、こちらが緊張のあまり人間の身体を保てずに液状化してしまうと鬼の形相で叫び回る。
化け物、異形、怪物。
あらゆる罵詈雑言を受けて思ったこと。
「クジャータ……異種間の愛など成立しない」
「そんな、夢のないことを仰らず」
「俺は現実を見て話している。魔王の夜伽なんて、誰が望んで引き受けるか。死ぬかもしれないんだぞ」
「………それは大袈裟ですよ」
「俺の母は死んだ」
たくさんの目玉が傷心したように閉じられる。
彼らの期待に応えたいけれど、期待するたびに裏切られ、己の醜さを知るだけ。相手だって無理矢理に連れて来られているから災難だろう。ペルルシアに返す際には記憶を消す処置をしていると聞くが、恐怖が残らないとも限らない。
もう諦めようと繰り出した夜会で奇跡は起こった。
クロエに再会することが出来たのだ。
「見て、グレイハウンド家の売女だわ!」
「多くの令息と噂を流してると聞くけど……」
「だってあの女は情婦だもの。王太子も早く気付けば良いのに、いつまで騙されたフリをするのかしら?」
ひそひそと交わされるそういった会話からするに、クロエ・グレイハウンドはどうやら大層性にオープンなようで、男を手玉に取って取っ替え引っ替え遊んでいるらしい。
昔見た記憶の中の彼女にそんな一面があることに驚きつつ、内心「彼女ならもしかしたら」と期待した。
(クロエなら……請け負ってくれるかもしれない)
しかし、何度か接触を試みたものの、彼女の目はいつも婚約者のライアス王子に向いている。アイコンタクトが取れたと思ってもすぐに視線は外れて、話し掛ける機会は得られなかった。
忘れてしまったのだろう。
そう思うことで、心の靄を散らした。
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