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第一章 魔王と夜伽
28 クロエ、朝を迎える
しおりを挟む翌朝、目覚めたら目の前に魔王のご尊顔があった。
びっくりして叫びそうになるのをなんとか堪えて、そろりそろりと距離を取る。こんな距離感で他人と眠ったことはおそらく今まで一度もない。昨日の記憶を辿りながら、私たちはあのまま眠ってしまったのかしらと考えた。
(………身体が戻ってる……いつの間に?)
すやすやと寝息を立てるギデオンは、見慣れた人間のような姿をしている。魔力のコントロールが出来るようになったのだろうか?
こんなに間近で観察出来る機会は滅多にないので、私は息を潜めて、眠り続ける静かな魔王を見守った。
朝日を浴びる艶やかな銀色の髪。
同じ色の長い睫毛に、綺麗な顔からは想像の付かない筋骨隆々とした身体。私はこの男らしい腕で抱き締められるのが好きだった。ここは安全なのだと思えたから。
「………クロエ?」
ふるふると瞼が震えて黄色い瞳が覗く。
「どうした…?腹が減ったのか?」
「ふふっ、いいえ。眠る魔王様を見ていました」
「何も面白くはないと思うが……」
「安心できるので」
そう言うとギデオンは目を丸くして黙った。
私は調子に乗ってしまっただろうか、と少し恥ずかしくなりつつ「着替えて来ますね」と立ち上がる。ベッドから離れようとしたところ、腕を引かれた。
「クロエ……ありがとう」
「………?」
「昨日、お前が来てくれて嬉しかった」
今度は私が驚く番で、真っ直ぐにこちらを見つめる澄んだ目に返す言葉を失ってしばし沈黙してしまう。やっとの思いで素直な気持ちを伝えた。
「あなたも同じことをしてくれたでしょう?」
「同じこと?」
「私が熱が出たとき、そばに居てくれたわ」
「あれは、俺のせいで……」
起き上がって反論しようとするから、キラキラ光る銀色の髪をそっと撫でた。
「あなたがくれたものを返しただけ。優しくしてくれたから、私も同じように返すの」
「クロエ………」
「さぁ、皆が心配して起こしに来る前に私は一度部屋に戻りますね。また後で会いましょう」
笑顔を向けてベッドから離れる。
廊下へ出ると、朝の軽い空気が肌に触れた。
部屋への道を歩きながら、考えてみる。
この城で過ごすのもあと二ヶ月足らずの間だ。最近では、夜伽としての務めも果たせていると思う。この調子で行けばピエドラ・アンシャンテとの初夜も加減をしながら行うことが出来るだろう。
習得の早い彼のことなので、私から教えることはおそらくもう無い。もともと知識はあったようだし、残りの時間は適当な欲処理の相手として過ごせば良いのだろうか。
自室に戻って、部屋のカーテンを開けた。
晴れ渡った空の下には青い海が広がっている。
(お母様……お父様……)
グレイハウンド家の両親のことを考えてみる。もとは他人であるものの、やはり一緒に過ごした期間は長いので、情は移っていた。育ててもらった感謝だってある。
ギデオンの言葉を信じれば、生活に不自由はしていないと思うけれど。悪女の親として虐げられたり、ライアス率いるアンシャンテ家の者に意地悪されたりしていないだろうか?
ライアスとビビはきっともう二人の世界で、邪魔者が消えたのを良いことにさぞかし盛り上がっていることだろう。私はライアスが、ビビを見るときの厭らしい目付きが嫌いだった。ビビもまた、婚約者の居る男から向けられる情欲に満ちた眼差しに、まんざらでも無さそうで。
(嫌なことを思い出してしまったわ、)
自分の身体を嫌いになったのはいつからか。鏡を見るたびに憂鬱な気分になるのはどうしてか。無いものねだりが増えて、人と比べては落ち込んだ。高飛車で可愛げのない令嬢と呼ばれるのが嫌で、人前では笑顔を心掛けていたのに、それすらも嘲笑と揶揄される日々。
ギデオンは、私に笑った方が良いと言った。
指導者として縋って、あまつさえ優しさまで与える。
夜伽の相手として私に出来ることは、彼の期待に応えて閨の知識を共有すること。そして、必要とされたときに身体を貸し与えて、好きなように使ってもらうだけ。
それ以上は何も、求めてはいけない。
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