上 下
29 / 69
第一章 魔王と夜伽

28 クロエ、朝を迎える

しおりを挟む


 翌朝、目覚めたら目の前に魔王のご尊顔があった。

 びっくりして叫びそうになるのをなんとか堪えて、そろりそろりと距離を取る。こんな距離感で他人と眠ったことはおそらく今まで一度もない。昨日の記憶を辿りながら、私たちはあのまま眠ってしまったのかしらと考えた。

(………身体が戻ってる……いつの間に?)

 すやすやと寝息を立てるギデオンは、見慣れた人間のような姿をしている。魔力のコントロールが出来るようになったのだろうか?

 こんなに間近で観察出来る機会は滅多にないので、私は息を潜めて、眠り続ける静かな魔王を見守った。

 朝日を浴びる艶やかな銀色の髪。
 同じ色の長い睫毛に、綺麗な顔からは想像の付かない筋骨隆々とした身体。私はこの男らしい腕で抱き締められるのが好きだった。ここは安全なのだと思えたから。


「………クロエ?」

 ふるふると瞼が震えて黄色い瞳が覗く。

「どうした…?腹が減ったのか?」
「ふふっ、いいえ。眠る魔王様を見ていました」
「何も面白くはないと思うが……」
「安心できるので」

 そう言うとギデオンは目を丸くして黙った。
 私は調子に乗ってしまっただろうか、と少し恥ずかしくなりつつ「着替えて来ますね」と立ち上がる。ベッドから離れようとしたところ、腕を引かれた。

「クロエ……ありがとう」
「………?」
「昨日、お前が来てくれて嬉しかった」

 今度は私が驚く番で、真っ直ぐにこちらを見つめる澄んだ目に返す言葉を失ってしばし沈黙してしまう。やっとの思いで素直な気持ちを伝えた。

「あなたも同じことをしてくれたでしょう?」
「同じこと?」
「私が熱が出たとき、そばに居てくれたわ」
「あれは、俺のせいで……」

 起き上がって反論しようとするから、キラキラ光る銀色の髪をそっと撫でた。

「あなたがくれたものを返しただけ。優しくしてくれたから、私も同じように返すの」
「クロエ………」
「さぁ、皆が心配して起こしに来る前に私は一度部屋に戻りますね。また後で会いましょう」

 笑顔を向けてベッドから離れる。
 廊下へ出ると、朝の軽い空気が肌に触れた。

 部屋への道を歩きながら、考えてみる。

 この城で過ごすのもあと二ヶ月足らずの間だ。最近では、夜伽としての務めも果たせていると思う。この調子で行けばピエドラ・アンシャンテとの初夜も加減をしながら行うことが出来るだろう。

 習得の早い彼のことなので、私から教えることはおそらくもう無い。もともと知識はあったようだし、残りの時間は適当な欲処理の相手として過ごせば良いのだろうか。


 自室に戻って、部屋のカーテンを開けた。
 晴れ渡った空の下には青い海が広がっている。

(お母様……お父様……)

 グレイハウンド家の両親のことを考えてみる。もとは他人であるものの、やはり一緒に過ごした期間は長いので、情は移っていた。育ててもらった感謝だってある。

 ギデオンの言葉を信じれば、生活に不自由はしていないと思うけれど。悪女の親として虐げられたり、ライアス率いるアンシャンテ家の者に意地悪されたりしていないだろうか?

 ライアスとビビはきっともう二人の世界で、邪魔者が消えたのを良いことにさぞかし盛り上がっていることだろう。私はライアスが、ビビを見るときの厭らしい目付きが嫌いだった。ビビもまた、婚約者の居る男から向けられる情欲に満ちた眼差しに、まんざらでも無さそうで。

(嫌なことを思い出してしまったわ、)

 自分の身体を嫌いになったのはいつからか。鏡を見るたびに憂鬱な気分になるのはどうしてか。無いものねだりが増えて、人と比べては落ち込んだ。高飛車で可愛げのない令嬢と呼ばれるのが嫌で、人前では笑顔を心掛けていたのに、それすらも嘲笑と揶揄される日々。


 ギデオンは、私に笑った方が良いと言った。
 指導者として縋って、あまつさえ優しさまで与える。

 夜伽の相手として私に出来ることは、彼の期待に応えて閨の知識を共有すること。そして、必要とされたときに身体を貸し与えて、好きなように使ってもらうだけ。

 それ以上は何も、求めてはいけない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈 
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

道産子令嬢は雪かき中 〜ヒロインに構っている暇がありません〜

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「レイシール・ホーカイド!貴様との婚約を破棄する!」 ……うん。これ、見たことある。 ゲームの世界の悪役令嬢に生まれ変わったことに気づいたレイシール。北国でひっそり暮らしながらヒロインにも元婚約者にも関わらないと決意し、防寒に励んだり雪かきに勤しんだり。ゲーム内ではちょい役ですらなかった設定上の婚約者を凍死から救ったり……ヒロインには関わりたくないのに否応なく巻き込まれる雪国令嬢の愛と極寒の日々。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...