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第一章 魔王と夜伽
23 クロエ、鉱石を運ぶ
しおりを挟む「えっちな関係になりましたね」
ボソッと呟かれたクジャータの独り言に、私は飲んでいた紅茶を吹き出した。今日の紅茶はクランベリーや林檎の香りが混ざってフルーティーな味がする。
「どういう意味ですか!」
「いえ、ギデオン様とクロエ様のことです」
「主語は分かっています!こんな朝方から何を、」
「どうかしたのか?」
私の大声に気付いたのか、部屋に入って来たギデオンが向き合う私とクジャータを交互に見比べた。
私は説明しようとするクジャータに抱き付いて「なんでもありません!」と答える。魔王は不思議そうに首を傾げながら、私の顔を覗き込む。昨日の夜のことを思い出して、私はまた呼吸の仕方を忘れそうになった。
「だ、大丈夫ですので……!」
「お前の体調は?」
「体調?」
「その……無理はしていないかと、」
私はハッとしてクジャータの方を見遣る。
牛首の下のたくさんの目が一斉にニヤニヤしているような気がして焦った。ギデオンの気遣いは嬉しいけれど、もっと場所を選んで聞いてほしい。
「至って健康です。ありがとうございます」
「そうか。それでは手伝ってもらうとするか」
「何をですか?」
「鉱石の運搬だ」
話を聞くと、どうやら大蛇のサミュエルが私のことを気に入ってくれて、また会いたいと言ってくれているらしい。
ずっと城の中に居ても気が滅入ってしまうので、私は二つ返事で快諾してギデオンと二人で採掘場へ出向くことになった。部屋へ戻ってぺたんこの靴に履き替えると階下で待つ彼の元へと走る。
石の運搬作業を、仮にも王であるギデオンが共に行うと聞いて驚いたけれど、この地ではそれが普通らしい。バグバグやクジャータなどの使用人も、わりかし魔王との距離が近いと思っていたが、そういう風土なのだろう。
(………どこまでも、変わった人だわ)
変わった魔族、と言うべきかもしれない。
また空を飛ぶのかと構えたものの、どうやら今日は歩いて行くようで、差し出された手の意味が分からない私にギデオンは「危ないから繋いでおけ」と言った。これも彼なりの優しさらしい。
ポコポコと凹凸もある地面を歩くこと二十分ほど。
久しぶりに訪れた採掘場で、中に入る前にギデオンは私にゴム手袋を渡した。聞くと、サミュエルの表皮に万が一触れてしまった時のための予防とのこと。
左右の手に与えられたゴム手袋を付けながら、私は素手で行こうとしているギデオンを見る。
「魔王様は平気なのですか?」
「俺は魔族だから耐性がある。それに…名前で呼んでくれと言ったはずだが?」
拗ねたようなその声音に驚いて心臓が跳ねた。
いや、城の皆も彼のことを名前で呼んでいるし、きっとそういうことだろう。何を今更私がドキドキしているの。
「ぎ……ギデオン」
「どうした、クロエ?」
にこっとコーヒーに砂糖が溶けるように、魔王の顔に笑顔が広がる。美しい男の笑った顔というのはなかなかに身体に悪いので、私は「あなたが呼べと言ったので」と言い訳を述べて下を向く。
そうだな、とまだ嬉しさの残った声でギデオンは私の手を引いて採掘場へと足を踏み入れた。
久しぶりに会ったサミュエルは先日の毒騒動について謝罪を重ねて、あまりにも悲しそうな顔をするので、私は包帯の取れた手を見せて「もう完治した」と教えた。
その後は、知らされていた通り、採掘された鉱石を手押しの荷車に乗せて引いていく作業を行い、採掘場での一連の仕事が終わった私たちは汗だくになっていた。価値があれど石はやはり石、かなり重たい。
何度も感謝を伝えるサミュエルに手を振って城へ戻る道中、肌に張り付く服を摘む私を見てギデオンが口を開く。
「城に帰ったら一度入浴をするか?」
「そうですね…それは助かります」
「分かった」
その親切な提案は有難いことで、城に着くなり泥だらけになった私たちを見て驚いたバグバグに魔王が湯浴みの準備を頼むのを見て安堵した。
しかし。
「え……っと、ギデオン?」
「ん?」
当然のように浴室に入って来た彼はガバッと服を脱ぐ。私はいきなりの肌色に困惑して固まった。昨夜私を白い海に沈めたあの屈強な肉体が目の前にある。
目を白黒させる私の頭をギデオンは撫でた。
「俺と一緒は嫌か?心配するようなことはない」
「本当に……?」
「ああ。俺からは何もしない」
穏やかな表情は私を少し安心させて、促されるままに受け取ったタオルを身体に巻き付けて魔王の後を追った。たしかに今はまだ真昼だし、必要以上に警戒するのは自意識過剰で良くない。
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