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第一章 魔王と夜伽
20 クロエ、噂を耳にする
しおりを挟む夜伽なのに抱いてもらえない。
普通であれば「サボれてラッキー」ぐらいに思えそうな事態だが、私はどうもそわそわしてしまう。自分から私を攫って閨の指導を申し込んだくせに、臆病な魔王は何かに怯えるように私を拒むのだ。
あの後、また三日ほどが過ぎて、結局夜伽なんて出来ずにもう一ヶ月目を終えようとしている。律儀に就寝前の挨拶だけは毎日してくれるから、嫌われているわけではないと思いたい。
これはこれで有りかもしれない、と思い込もうとしていた矢先、信じられない事実を聞くことになった。
私は城の厨房でバグバグとパンケーキを焼いて、粉を被った顔を綺麗にするために化粧室へ向かう途中だった。長い廊下の傍らで二人の兵士が話し合う様子を見て足を止めた。彼らがギデオンの名前を口にするのが聞こえたから。
「噂じゃあ、ここのところ毎日らしいぞ」
「そりゃすごいな。よほど溜まってるに違いない」
「あの夜伽の人間はどうしたんだろうな?」
「相性が悪いんだろう。じゃないと毎夜自分で慰めるなんてことはしないはずだ」
私はハッとして息を呑んだ。
馬と鹿の首を付けた衛兵たちは熱心に魔王の自慰事情について話し合っているのだ。掃除婦に聞いたから間違いない、と息巻く馬の声を聞きながら私は気が遠くなった。
どういうことだろう?
ギデオンは彼の都合でそういう気分じゃないから私を抱かないのかと思っていた。しかし、彼らの話によるとどうやら毎晩魔王は荒ぶる欲望を自分で処理しているらしい。
(性欲がないんじゃないの……?)
見た目に反して優しいギデオンは、そうした行為の間も終始堅い表情をしていて、欲に溺れたギラギラした目ではなかった。だからてっきり「この男は淡白なのね」と一人合点していたことは認める。
私は混乱する頭を振って元来た道を戻る。
盗み聞きした内容を反芻しながら今後のことを考えた。
◇◇◇
「え?ナイトドレスの種類を変えたい?」
「ええ。ちょっと気分転換に……」
「困りましたねぇ。クロエ様が来るまでに用意したのはそちらと、あとは……」
バグバグはクローゼットを開けてガサゴソと中を探る。
こんなものしか、と言って取り出したのは布面積の少ない下着だった。さすがに痴女が過ぎるし、こんなものを着てまで魔王のヤル気を起こさせるのはどうか。
そこまで必死になる必要があるとも思えない。
そうね、私が焦る必要はまったく……
「着てみるだけ着てみるわ。ありがとう」
「では、ここに置いておきますね」
まぁ、試着ぐらいは良いだろう。
せっかくバグバグが用意してくれたのだから、と言い訳のように繰り返しつつ、私は鳩首が完全に扉から消えるのを見てナイトドレスを脱いだ。
隠す目的を果たせていない下着を手に取って眺める。
どこに乳首があるのか丸分かりだし、ショーツに至っては紐同然だ。バグバグのセンスなのだろうか?ちょっと驚きながら恐る恐る足を通す。
(………うーん…落ち着かないわね)
身請けされないと殺される遊女でもあるまいし、私がここまで躍起になる必要はないのではないか?
くしゅんと一つくクシャミをすると、なんだかバカバカしくなって、私はとりあえずいつも通りにベッドに入ってギデオンが挨拶に来るのを待とうとした。通常であれば、彼はあと三十分ほどで部屋に顔を出すはずだ。
しかし、私が扉に背を向けて首紐に手を掛けた時、慌ただしいノックの音とともに勢いよく扉が開いた。
「すまない、少し早いが今日はもう挨拶を───クロエ?」
「え?」
振り返った先で丸くなったギデオンの双眼がゆっくりと下へ落ちるのが見える。私は視線の先を辿って絶句した。
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