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第一章 魔王と夜伽

17 クロエ、キスをする

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 目が覚めたら、辺りは真っ暗だった。

 何度か瞬きを繰り返して、ようやく闇に慣れた双眼で見渡したところ、どうやら自分の部屋であると気付く。お姫様のような天蓋付きのベッドの上で私は上体を起こした。

(何時なのかしら……?)

 するすると記憶を引き出そうとして、頭がやけに重たいことに違和感を覚える。引っ張り出そうとした昼間の記憶も突っ掛かってしまったみたいに出て来ない。

 確か、朝食を食べたあとでギデオンと鉱山へ向かった。
 彼が魔力で翼を生やせることは驚きだったけれど、魔力消費が激しいと言っていたのは覚えている。それでその後、採掘場へ入って、サミュエルと名乗る大蛇と出会ったのだ。

 ジンジンとした痛みが蘇り、思わず右手を見た。
 暗くてよく見えないけど、おそらく触った感じからして包帯が巻かれているのだろう。ギデオンは「触るな」と言っていたような気がするし、何か毒性があったのかもしれない。

 咄嗟の行動を今更反省する。どういった毒なのか分からないけど、痛む頭と重たい身体が症状を物語っている。

 朦朧とする意識の中で、喉が締まるような息苦しさを覚えたのでサイドテーブルの上のガラスコップに手を伸ばした。中身を飲み切って一安心した瞬間、つるんっと指先が滑ってコップが落下する。ガラスが割れる高い音が反響した。

(ああ、もう……間抜けすぎる)

 鈍臭いことこの上ない失態に焦りながら欠片を拾い集めていると、物音を聞いたのかギデオンが顔を覗かせた。


「クロエ!目が覚めたのか……!」

 心配したんだぞ、と駆け寄って来たギデオンはそのまま私の額に手をくっつけて眉を顰めた。

「……まだ熱があるな」
「大丈夫です、寝ていたら治りますから…」
「サミュエルの表皮は猛毒なんだ。説明をしていなかったから申し訳ない。彼からも詫びにとこれを、」

 そう言って差し出された右手には、小さな卵形の石が載せられていた。触れるとひんやりと冷たいそれを両手で包み込む。高い体温には気持ちが良い。

 熱くほてった頬にぴたりと付けると、表面の熱を吸い取ってくれるような気がした。

「………気持ち良いです」

 目を閉じるとまた眩暈がしたので、ベッドに腰掛けた。「あとは大丈夫ですよ」と言って顔を上げたところ、ギデオンは真面目な顔でこちらを見つめている。

 不思議に思って首を傾げると「君が嫌でなければ」という前置きの後で、魔王は遠慮がちに口を開いた。

「もう少し、この場に居ても良いか?」
「良いですけど……何故?」
「見たところ調子が悪そうだ。何かあった時にすぐ対応出来るようにしたい」
「過保護ですね。たかが夜伽の相手ですよ?」

 揶揄うように言いながらギデオンの反応を見る。

 しかし、すぐに口を閉じた。
 冗談を言って良いような雰囲気ではなかったのだ。

 黄色い瞳は満月みたいで、なんだか落ち着かない。どうやらこのまま部屋に居座る様子の魔王に、仕方なく私はベッドの上に横たわった。ギデオンは椅子を鏡台から引いて来て、枕元に腰掛ける。


「何かして欲しいことはあるか?」

 優しく頭を撫でる手が心地よくて、幼い頃にグレイハウンド公爵家の乳母がしてくれていた添い寝を思い出した。私はこの乳母が大好きで、それはこの世界に来る前、つまり転生前の私の記憶にあった母の姿とも重なったから。

 十八年間もゲームの世界で過ごせば、前世の記憶なんてもうほとんど無くなっている。

 それでも尚、忘れられないこともある。細かなことは分からなくても、ぼんやりと胸を温かくする小さな思い出たち。

「子供の頃……熱を出したら母はおまじないをしてくれたんです」
「まじない?」
「痛いのは飛んで行くよって言いながら、キスをして…」
「なるほど、分かった」

 何に対する返事なのかと疑問に思っていたら、唇に柔らかいものが重なる。

「クロエ、すぐ良くなるから…大丈夫だ」

 暗闇の中ではっきり見えないが、すごく近くでギデオンの声がした。私はびっくりして両手で顔を挟み込んだ。部屋が暗いことにこんなに感謝したことはない。母がキスしてくれたのはおでこなのだと、喉元まで上がった言葉を唾を飲んで下した。

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