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07 クロエ、パンを捏ねる
しおりを挟む「何をしているんだ……?」
厨房を通り掛かったギデオンが訝しむように眉を顰めて部屋に入って来たので、私はバグバグと二人で顔を見合わせて、自分たちの前に置かれた銀色のボウルを指差した。
「パンを作っているんです」
「パン………?」
今日はあいにくの雨で、城の中はどんよりとした空気に包まれている。パンを作ろうというのは私の提案で、こんな天気の日に発酵が上手くいくのか不安だったけれど、一次発酵ではなんとか丸く膨らんでくれた。
ギデオンが首を伸ばしてボウルの中を覗き込む。
私は見やすいように布巾を持ち上げて見せた。
「大きめの田舎パンにしようと思います。上手く焼けたら明日の朝、魔王様もお食べになりますか?」
「ああ、いただこう。もう捏ねないのか?」
「はい。その段階は終わりました」
「あれ?ギデオン様、いつの間にパン作りの習得を…?」
「昨日の夜クロエに教わったんだ」
不思議そうに尋ねるバグバグの前で平然とそう答えるギデオンの鳩尾に思わずエルボーを入れてしまった。魔王は驚いたような顔をこちらに向ける。
「なんだ……?どうしたクロエ?」
「いえ、失言がありましたので」
「失言?」
脇腹を摩りながら尚も意味が分からない風を装うギデオンに、私はかねてより気になっていたことを聞いてみることにした。
銀色の髪から伸びる立派な角を見た後で、黄色い双眼を見据えて口を開く。
「あの、教えてほしいんですが…ここは何処ですか?」
「俺が住む城だ」
「そうではなく、具体的にペルルシア王国のどのあたりに位置するのか聞きたいのです。気候からすると南部でしょうか?」
朝方や夜間は少し冷えるものの、比較的暖かい日中を考えると南の方に居るのではないかと思う。しかし、王国の南部に堂々と魔族の住処があるとは考えられない。
思い悩む私の前で魔王は「そんなことか」と、あっけらかんと言った。
「ここはペルルシアではない。ペルルシアの北側に位置する離島だ。まぁ、常時霞に覆われているから、お前たちの肉眼では確認出来ないだろうがな」
「ペルルシアではないのですか……!?」
「ああ。停電の混乱に紛れてお前を連れ出したが、結構な距離を移動した。お陰でしばらく魔力切れで何も出来ない」
ギデオンは両手を広げて大袈裟に溜め息を吐く。
その隣ではバグバグが大きく頷いている。
私は一度開いた口を再び閉じた。何から確認すれば良いか分からない。魔族というからには確かに何らかの力が使えてもおかしくはない。しかし、初日にそういった説明はなかったので私は今更驚いた。
「ま……魔王様は魔法を…?」
「お前たち人間は魔法と呼ぶのか。大したことは出来ないが、まぁ、北部一帯を焼け野原にするぐらいは可能だ」
「………っ!」
「クロエ、変な真似をしてみろ。分かってるな?」
ギデオンの大きな手が私の方へ迫る。
思わずぎゅっと目を瞑ると、その手は何度か頭の上で跳ねた。優しい手つきにそっと薄目を開けてみる。
「冗談だ。お前を脅すつもりはない」
「魔王様……」
「城の者たちは皆、クロエのことを歓迎している。不本意だとは思うが、魔族の繁栄のためにどうか…しばらくの間は力を貸してくれ」
腰を折って私と視線を合わせ、大人が子供に言い聞かせるようにそう話す魔王の姿に、私は小さく頷いた。
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