52 / 52
52.エピローグ
しおりを挟むラディアータ王国のどこかに巨大な地下世界があるなんてことを、いったい何人の国民が知っているだろう。
この地下世界には小人や精霊といった人間と共存出来なかった生き物が集っている。彼らは精霊王と呼ばれる王様を崇拝して、朝は草花の上に載ったツユを集めて、夜は酒を飲んで陽気に踊り明かす。
そうして地下世界の奥の奥。
白い森と呼ばれるその場所には狼が住んでいる。
墓地としての役割も果たす白い森の中で、狼は一人で暮らす。朝は鶏の鳴き声で目を覚まし、夜はお城から漏れる灯りを見ながら眠りに着く。
だけど、今日の狼は一人ではなかった。
「あのね、それで僕が間違えて睡蓮の花を折っちゃったんだ。そうしたら小人の長老がすごく怒ってね」
一生懸命に身振り手振りを交えて話をする白髪の小柄な男こそ、地下世界を統べる精霊王だ。熱が入りすぎて咽せてしまった男の肩を、隣に座る背の高い男がさすった。
「ヒューイ、ゆっくりで良いよ。まだ時間はある」
「うん……そうだね。ごめん、嬉しくってつい」
しゅんと項垂れる精霊王の頬に触れると、男は短く口付けた。赤くなった精霊王がパクパクと口を動かす。
大きな男の方は茶色い髪の上に動物のような耳が付いている。尻からはふわふわとした尻尾が垂れ下がっていて、口数の少ない男とは裏腹にこちらは嬉しそうに揺れていた。
「ダリアはどう?風邪を引いたりしていない?」
「ああ。俺は変わらず元気だよ、ここは食う物に困らない」
そう言って指差した先にある台所には、たしかに色々な食糧が積み上げられている。これらの食べ物は定期的に小人たちが玄関の前に置いて行くもので、はじめこそ警戒していた彼らも、最近では新しい住民を受け入れたようだった。
精霊王と狼の獣人。
彼らは地下世界の中で生きる恋人たちだ。
狼の獣人は月の満ち欠けに伴って変動する凶暴性に悩まされているため、二人は新月の夜にのみ会うことが許されていた。
限られた時間、限られた場所。
だけども二人は幸せだった。精霊王は新月を心待ちにして、日々の業務に取り組んだ。狼もまた、白い森の番人として美しい森の手入れに勤しんだ。
二人の関係を認めた地下世界の一部の研究者が、狼の凶暴性を抑える薬の開発に乗り出したのは数週間前の話。まだ双方には知らされていないが、精霊王の即位三周年を記念した式典の日に進呈されるとか。
「ダリア、こんなに幸せで良いのか心配になるよ」
「………そうだな。俺も時々そう思う」
穏やかに微笑む狼の獣人に、背伸びをして今度は精霊王からキスをした。
狼は面食らったように目を丸くした後、勢いよく精霊王を抱き上げる。何度か繰り返される口付けは徐々に深くなっていき、ベッドの上で二人は笑い合った。
ここは地上よりもゆるやかな時の流れる地下世界。
狼と精霊王の甘い夜はまだ明けそうもない。
◆ごあいさつ
ご愛読ありがとうございました!
途中更新が滞ったりしましたが、書き切ることが出来たのは栞を動かしていただけた皆様のおかげです。
恋愛大賞に向けて二作ほど新しいお話を書いています。ノーチェ向けの大人話と、まだ上げていない異世界召喚ものです。ご縁がありましたら宜しくお願いいたします。
41
お気に入りに追加
291
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる