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50.妥協案
しおりを挟む「ヒューイ、随分と長い散歩に出ていたようだな」
城の入り口に辿り着くと、アニタはすでにそこで待っていた。
僕たち三人の周りにはびっしりと小人が集まっていて、皆それぞれ手に小さな武器を持っている。僕はその尖った刃先がいつ自分の身を貫くかと怯えていた。
「君が戻る時は獣と一緒だと分かっていた。白い方はうさぎだが、黒い方は狼じゃないか?」
「はい。アニタさん、うさぎの獣人は友人のレニさんで、狼の獣人はダリアです。僕の…大切な恋人です」
僕の隣に立つダリアの指先が少し動いた気がした。
思い切った発言に驚いたのだろうか。
だけど、僕はもうダリアの前で嘘を吐きたくなかった。
村から送られた生贄ではなく、彼に匿われた可哀想な保護猫でもなく、ただ一人の恋人としてそばに居たいと思った。ダリアこそが自分の最愛なのだと、皆に伝えたかった。
「………参ったな。大臣として見過ごせない。とりあえず、こんな場所で立ち話もなんだから、中へ入ってくれ」
アニタに促されて、僕たちは城の中へと足を踏み入れる。
長い廊下を抜けると丸く繰り抜かれた場所に出た。
天井には天使の姿が描かれており、長椅子が左右に分かれて設置されている。部屋の奥にはピアノまで置かれているから、まるで教会みたいだと思った。
ダリアもレニも、不思議そうに周囲を見渡している。地上から離れた地下の世界に自分たちが来ていることだけでも信じられないのに、この場所にこんなに高度な文明が発展していることも夢物語みたいだ。
「ここは祈りの間と呼ばれる場所だ。地下世界で死んだ者たちは皆、この場所で人々から花を手向けられて白い森へ埋葬される。君の父エイダもそうして眠りについた」
「アニタさん、僕は……」
「分かっている。その狼に付いて行きたいんだろう?」
アニタの大きな瞳がゆらりと揺れる。
魔女であった母を、人の手によって殺められた彼女の心を思うと僕は言葉に詰まる。人間は平気で傷付ける。地上に出れば僕は無力で短命な男に成り下がる。
そんなことは、十分に分かっているけれど。
「僕は……ダリアと生きて行きたいです」
「この獣人は知っているのか?君の患っている病は今、一時的に精霊の泉の力で無効化したに過ぎない。また地上に出たら同じ病を発症する可能性もある」
「おい、それはどういうことだ……!?」
ダリアがアニタに詰め寄る。
レニは少し離れた場所で僕らの会話を聞いていた。
「そのままの意味だよ。君は番にしたいのかもしれないけど、ヒューイは残念ながら君と生涯を添い遂げることは出来ない。地上で生きるには、彼の身体は脆過ぎるから」
「そんな……じゃあ、俺たちは…!」
「一つだけ妥協案を用意している」
アニタはそう言って口元に指を添えた。
初めて聞く話に僕は息を呑む。
彼女はいったい何を提案するつもりなのか。獣人を受け入れない地下世界に、ダリアとレニを連れて来た僕をこのまま許すとは思えない。
「私たちとしても、精霊王であるヒューイを失いたくない」
「………ああ。分かってる」
「分かってる?本当に分かっているのか?彼の母親が地上に逃げて地下世界は混乱に陥った。精霊王が居るからこの閉ざされた世界の均衡は保たれるんだ」
「…………、」
「ヒューイ…私たちは君を必要としている」
僕が言葉を発する前にアニタは「だけど」と話を続けた。
「私たちだって心がある。精霊王が恋人を追って地上へ逃げては本末転倒だ。そこで、狼の獣人に提案したい」
「……なんだ?」
「狼は月の満ち欠けによってその凶暴性が変化する。制御するのはさぞかし大変らしいな?」
ダリアは何も言葉を返さない。
地下世界の大臣は、それを肯定と受け取ったようだった。
「ヒューイと共に生きたいならば、お前がこの世界に残れ。白い森の番人として精霊王に仕えるんだ」
「………!良いのか?そんなの、俺は喜んで…」
「勘違いするな。接近は許さない」
「なんだと……?」
怪訝そうに聞き返すダリアの前でアニタが口を開く。
「番人であるお前がヒューイと面会出来るのは新月の夜のみ。それ以外の期間は一切の接近を禁じる」
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