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42.精霊の泉
しおりを挟む小人たちが言う大臣は、なんと女性だった。
大臣というよりもお姫様のような見た目で、年齢だってまだ僕と同じぐらいに見える。彼女は他の小人たちのようにミニマムな見た目ではなくて、人間と同じ大きさだった。しかし、小柄ながらもテキパキと周囲に指示を飛ばす姿は感心するものがあった。
大臣は僕たちが待つ部屋に入ってきた後、まず僕を解放するように小人たちに命令した。僕が動けなかった原因は目に見えないほど細い糸に縛られていたからで、小人たちが彼らの身体と同等ぐらいのサイズ感のハサミを持ってプチンプチンと糸を切る様子は、少し緊張した。
屋外へ出て、僕は目を見張った。
地下世界という言葉から想像していた空間と、そこはまるで違ったのだ。てっきり暗くてジメジメした陰気な場所なのだろうと勝手なイメージを抱いていたけれど、どういうわけか太陽があって植物が生きていた。遥か遠くには湖が見えて、心地よい風が吹いている。
「………驚きました、こんな場所があったなんて」
素直な感想を口にする僕を見て、大臣は笑う。
「そうだろう。私は外の世界を知らないけれど、ここへ迷い込んだ人間は皆驚くんだ」
「迷い込む人も居るんですか?」
「地下世界だって生きている。たまたま呼吸するタイミングで落ちて来る人間もたまに居るんだ」
「呼吸………」
僕は大きな大地が口をぱっくりと開けて人を飲み込む想像をしてブルッと震えた。頭の中を読んだように大臣は笑って、ちゃんと人間たちは帰しているよ、と言う。
精霊の泉へと向かう僕たちの後ろにはたくさんの小人たちが続いていて、さながらその様子は何かの行進みたいだ。僕は自分の歩くスピードが彼らにとって適切なのか心配になって振り向いた。
「大丈夫だよ。彼らはすばしっこい」
「そうなんですね、あの…貴女の名前は?」
「私はアニタ。精霊王が戻られるまで、大臣としてこの世界の統治をしていた。明日からは君が復帰するんだ」
「えっと…アニタさん、言いづらいんですが、それは多分人違いなんです。僕は地下世界に初めて来たし、精霊王なんかじゃない。ただの平凡な村人です」
ずっと解きたかった誤解を解くために、僕はひと思いに言い切った。
アニタは不思議そうな顔で首を傾げる。僕たちが歩みを止めたので、後ろの方で小人たちが慌てて静止の号令を掛ける声が聞こえた。
「何を言ってるんだ?ヒューイは精霊王じゃないか」
「いえ、だから…本当に僕は、」
「君の母親もまた精霊王で、君は地下世界で生まれたんだ」
「………え?」
「君は精霊王の血筋だ。それは生まれた時から決まった定めだし、君の母のように抗ったところで待つのは残酷な運命だよ」
予想もしなかった母の名前が出て来て言葉を失った。
アニタは、母が僕を産んで地下世界を出て行ったと言っている。では僕を今まで育てて来たあの父はいったい何なのか。僕と一緒に過ごし、最終的に売り払った父は、本当の父親ではないということなのだろうか?
「着いた、ここが精霊の泉だ」
考え込む僕の前でアニタが片手を上げる。
その後ろには輝く水面が広がっていた。
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