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38.マルムと精霊の王◆ダリア視点
しおりを挟む高熱を出して眠り続けるヒューイを寝台に運んで、レニの待つ部屋へと戻った。冷め切った紅茶を口に流し込みながら何か言いたそうな兎に目を遣る。
「怪我の具合はどうなのさ?」
「大丈夫だ、幸い俺たち獣人は治りが早い」
「まぁね、」
「……厄介ごとを持ち込んで悪いと思ってるよ」
「そうだね。君は前回僕のことを怒って追い返したくせに、結局いつもこうやって困ったら僕の元に来るんだ」
「そうだな、俺はそういうヤツだ」
「狡いね。ああ、本当に狡いや」
ふうっと息を吐いて白い耳を揺らす。
「ヒューイは大丈夫なのか?」
「ただの風邪に見える?」
「俺は医者ではないが…何か、知ってる口振りだな」
「彼には君に言うなと言われたよ」
「?」
「でも僕はお喋りな兎なんだ。黙っておくことなんて出来ないし、喋るなと言う警告は喋ってくれというようなもの」
「まどろっこしい言い方をするな。何なんだ?」
もったいぶった話し方に嫌気がして、先を促すためにレニを睨んだ。赤みを帯びた丸い瞳が少しだけ細められる。
それはまるで、彼がこれから語る話を聞くに相応しい相手なのか見定めるようだった。怯まずに受け止めた視線の先で、自称お喋りな兎は「分かったよ」と頷いて口を開く。
「ヒューイはね、病気なんだ。マルムだよ」
「マルム……?」
聞いたことがない病名に首を傾げる。
「君が知らないのも無理はないね。だってあれは人間しか罹らない特殊な病気だ。もう絶滅したと思ってたけど、もしかすると遺伝的に罹りやすい体質だったのかも」
「……っ、助かるんだろう?どんな治療をすれば良い?」
「出来るだけ穏やかに、負担のない生活を」
「………は?」
「マルムはね、治らないよ。彼が安らかな最期を迎えられるように君は環境を整えてあげるだけだ」
「馬鹿言うな!!!」
立ち上がった拍子に、近くに置いたティーカップが倒れた。中に入っていた冷めた紅茶がどんどん地面に広がっていく。
馬鹿げたことを平然とした顔で言って退けるレニに腹が立った。真剣な話をしようと思って耳を傾けたのに、こんな冗談を言うなんてあんまりだろう。そうだ、この兎はこうやって人の心を引っ掻き回すのが好きなんだ。
「レニ、真面目な話がしたいんだよ。俺は医学に精通しているお前を頼って聞いている。冗談はよしてくれ」
「冗談だと思いたい?」
「…………、」
「ねぇ、君のこと昔から知ってるから分かるよ。両親が死んだ時もそんな顔をしていた。理解してるだろう?本当は」
「うそだ……デタラメを言うな、ヒューイは…!」
「僕はヒューイから聞いたんだ」
色々な感情が揉みくちゃになって、声が出なかった。
ヒューイが病気?どうして?
だって彼はそんなの一言も言わなかった。ただ、毎日共に行動して、一緒に眠った。一足先に起きて、まだ夢の中を彷徨う穏やかな寝顔を眺めるのが好きだった。
そこに居ると安心した。
愛しくて、愛しくて、大切だった。
どんなに暗い夜でも、寒い朝でも、雨が降って陽が当たらなくたってべつに良かった。いつもは嫌で堪らなかった満月の夜もそうだ。獣の血が騒いで、自分ではコントロールしがたいその破壊的な衝動も、彼は一生懸命に受け止めようとしてくれた。
こんな自分を拒絶せずに、そばに居てくれたのに。
「お願いだ…助けたいんだ、頼む……」
「本人から話を聞く必要があるよ」
「ヒューイから?」
「うん。彼は僕に延命を望んでいないと言っていた」
「………っ!」
その時、ガタンッと何かが外れる音がした。
レニと顔を見合わせていると、寝静まっているはずのヒューイの部屋から物音がする。
「有り得ないよ、ここはラビットホールだよ!?」
驚き慌てる兎の後を追い掛けると、部屋の扉がパァッと光って一瞬で吹き飛んだ。粉塵と共に姿を現したのは腰ほどの背丈の小さな男。しかし、その見た目よりも彼が担いだヒューイの身体に目が行った。
「お前は誰だ?ヒューイを降ろせ…!!」
「君、僕の家を壊したね!?」
口髭を生やした小人のような身なりの男は少し困ったように目を泳がせると、何度か咳払いをして声を発した。無理やり人間の真似をしているような、変わったイントネーションに耳を傾ける。
「わたしたちは精霊王を迎えにキた」
「精霊王……?」
「ニンゲンの世界の毒に侵されて、精霊王は瀕死のジョウタイだ。すぐに地下世界へアンナイする」
「なんだ?地下世界って……」
「獣人は妖精の国にハイレナイ。サガレ!」
そう言って皺の刻まれた小さな手をこちらに向けると、黒い煙が辺り一面を包み込む。喉を刺激する黒煙に咳き込みながら目を開くと、もうそこには小人も、ヒューイも居なくなっていた。
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