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32.ラディアータ王国
しおりを挟む「ようこそいらっしゃいました。ラディアータ王国の最高機関、ベツィアナ宮殿へようこそ」
恭しく頭を下げる使用人の後ろには、息を呑むような豪華な建物が聳え立っていた。
どんなに大きな象でも迎え入れるほどに入り口の扉は大きく、僕はダリアの後ろをモタモタと歩きながら、自分が来たことは果たして正解だったのだとうかと悩んだ。
王都ベツィアナはエイベリンの比にならないぐらい賑やかで、物売りや人でごった返す通りは路地一本を歩く人の量ですら僕の村全体の人口より多いのではないかと思う程度には密だった。僕はこの街に放出されたらきっともう二度とダリアの元には辿り着けない気がする。
「お二人のお部屋は東の塔と西の塔に用意してあります」
「俺とヒューイの部屋は別なのか?」
「はい。ごゆっくりお休みになれるようにと、ミーシャ王女からのご提案でございます」
ダリアは不満そうに使用人の男を睨み付けている。
僕はハラハラしながら「また遊びに行くから」とダリアを宥めた。こんな場所に来てまで僕の心配をしてくれるとは、やはりこの狼は優しい。僕が不慣れな場所で眠れるか心配してくれているのかもしれない。
「あまり長居するつもりはない。王女はどこに?」
「自室で休憩を取られていますが、後ほどご挨拶にお伺いされるようです。お部屋の方でお待ちください」
「………分かった」
「それぞれのお部屋へ案内します。こちらへどうぞ」
先を歩き出す使用人の後にダリアが続く。
現在地からは東の塔の方が近かったようで、先に辿り着いたダリアの部屋の前で男は簡単に周辺の中の説明をした。ベツィアナ宮殿は五つの建物から成っているらしく、王族が住む本殿の他に、来賓や重要文化財の保管に使われているのが東西南北に建つ四つの塔らしい。
「ヒューイ、何かあったらすぐ教えてくれ」
「うん……」
どうやって?という疑問を飲み込んで僕は頷いた。ダリアの部屋から僕の部屋までの道順を覚えておかなければいけない。ただでさえ広いのに、宮殿の中は道が入り乱れていて迷子になるのに時間は掛からなさそうだ。
階段を降りたり上ったりしてようやく到着した僕の部屋は、北の塔というだけあって少し陽当たりが悪い。だけど窓から入り込む風は心地よいし、何よりこんな豪勢な場所で過ごしたことがないから僕は嬉しかった。
(すごい……ベッドも大きいし、清潔だ…)
ダリアに好意を寄せるミーシャは僕を敵とみなしているのかと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。そもそも僕は彼女のことを微塵も知らないのだから、わずかな情報から一方的な判断を下すべきではないだろう。
「ヒューイ様、長旅でさぞお疲れでしょう。身体の疲れを取る特別な薬草を煮詰めた茶です。どうぞお飲みください」
部屋の入り口に立つ使用人が何かを指示すると、廊下の方からガラガラと音がして、コンテナを引いたメイドが登場した。小さなティーポットと一人用のカップが載せてある。
「すみません…何から何まで、」
「せっかくの客人ですので、もてなすようにとミーシャ様からはご指示を受けております」
「王女殿下に感謝の意をお伝えください」
「はい。じきに王女自らこの場へ足を運ばれるでしょう」
差し出されたカップを受け取る。
ほわっとした蜂蜜の甘さが鼻をくすぐって、僕は湯気を上げる液体に少し口を付けてみた。なるほどたしかに手足の先がじんわりと温まって、疲れが取れていく気がする。
なんだか、感覚がなくなったような。
「ヒューイ様、ごゆっくりお休みくださいませ」
最後に見たのは笑顔を浮かべる初老の使用人の姿。
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