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30.遅れて来た嵐
しおりを挟むその嵐は、おやつの時間にやって来た。
昼食を食べて数時間が経過し、そろそろ何か甘いものでもとダリアと二人でお茶の準備をしていた頃、控えめなノックの音が部屋の中に響いた。
僕の方をチラッと見たあとでダリアは玄関へと向かう。
彼の後を引き継いで温めたお湯を茶葉の上から注いでいたところ、玄関の方で何やら揉める声が聞こえた。気になって首を伸ばすと、ダリアの背中越しに見えたのはいつの日か目にした豊かな金色の髪。富の象徴のようなその金髪を靡かせて、女はそこに立っていた。
「だから、そんな約束した覚えはないって!」
珍しく声を荒げたダリアの後ろ姿に心配を覚える。
聞いてはいけないと思いつつ、お湯を注ぐ手を止めた。
「どうして?あの時はまんざらでもない様子だったわ」
「了承はしていない、考えると言ったんだ。そうでもしないと貴女はその場を去ってくれなかったから」
「それで考えてくれたんでしょう?私との結婚について」
「ああ、考えたよ。考えた結果無理だと分かった」
「どうして……!」
「大切な相手がいるんだ」
そう言ってダリアはこっちを振り向いた。
僕はいきなり向けられた二組の目に自分がどんな顔をするべきか悩む。案の定女は面食らった顔で僕を見ていた。
まさか伝言を頼んだ貧弱そうな男が、彼女の想い人と懇ろな関係になっているなんて思わなかったのだろう。徐々に憎しみが増していく美しい顔を見続けることは辛くて、僕は下を向いた。
「下男じゃないの!」
女は怒りを露わにして叫ぶ。
「ミーシャ…いや、王女殿下。どうかお引き取りください。こんな暗い森は貴女の来る場所ではない」
「いやよ!私はダリアと結婚したいの!」
「名前だけの王と由緒正しき名家の貴女とでは身分も違いますし、先ほどお伝えした通り俺には守るべき人がいる」
「………じゃあ最後に王宮に来て」
「無理です。何度言えば、」
「仕入れの契約を切るわよ!?」
スカートの裾を掴んで脅すようにそう言い放つ王女に、ダリアは閉口した。
高貴な女が王族であるということに驚きつつ僕は息を呑む。狼がいつか言っていた彼の狩った獲物を買い取ってくれる相手というのは、もしかしてこの女なのではないか。そうでなくとも、彼女が介入している可能性は高い。
「だ、ダリア!王女様の誘いを断るべきじゃないよ…!」
「ヒューイ……?」
「僕は事情を知らないけれど、もっと話し合いをするべきじゃないかな?ごめん部外者が口を出して…」
「下男は理解があるのね。明日馬車を寄越すわ」
「分かった。でもヒューイも同行させてくれ」
「……ええ、良いでしょう」
王女は僕を一瞥して頷いた。
僕は冷え切った空気に息を詰まらせながら事の始末を見守る。最後にダリアの方を名残惜しそうに見て、王女は外に待たせた馬車に乗り込んだ。
「ごめん……巻き込んで」
伸びて来た腕に頬を擦り寄せる。
狼は僕の頭上で溜め息を吐いて、おやつの支度へと戻った。
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