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26.狼の帰還
しおりを挟むスープが完成して三十分と経たないうちにダリアは帰って来た。僕はエプロンを脱ぐ間もなく急いで玄関まで走って行く。ようやくダリアに会えるのだと思うと、足取りは羽が生えたように軽かった。
しかし、目にした彼の姿を見て僕は言葉を失った。
「………ダリア…?」
全身傷だらけ。着て行ったコートはボロボロになって、右腕のところなんかは大きく破れて血が出ている。
「どうして…!何があったの!?」
「大丈夫だ」
駆け寄る僕を突き放すようにダリアは短く言った。
そのままズンズンと浴室の方へ向かう後ろ姿を、僕は必死で追い掛ける。どう見たって大丈夫じゃないし、こんな状態の彼を放っておけるはずもない。
「待って、ダリア!すごく苦しそうだし一度お医者さんに…そうだ、レニさんに連絡して…」
「大丈夫だって言ってるだろ!」
「………っ!」
すごい剣幕で怒鳴られて、僕は立ち止まった。
どうしてダリアがこんなに怒っているのか分からなかった。いつも僕に気遣ってくれるダリアは、今や別人になってしまったように怒号を飛ばしている。
愛おしそうに見てくれる黄色い瞳も、ただただ鬱陶しげに僕を睨み付けるだけ。温厚さも優しさも消え失せたダリアの顔は、彼が狼であることを思い出すには十分に恐ろしかった。
「………ご、ごめん…」
なんとか謝って部屋に引っ込もうとしたら、壁に突いた僕の手の上にダリアの手が被さった。そのままもう片方の手も掴まれて押さえ付けられる。
磔みたいな格好で僕はダリアを見上げた。
満月のような目が困惑して揺れている。
「違うんだ、ヒューイ」
「違うって……?」
「今、ちょっと精神的に参ってて余裕がない。一人にしてくれないか?」
「……僕じゃ力になれない?」
「お前のこと大事にしたいのに出来そうにないんだ。ヒューイのこと大切だし優しくしたいのに、どうしてか今は…」
「ダリア?」
「滅茶苦茶にしたいって思ってる」
狼の短い毛が僕の首元に触れる。
腰が抜けそうだった。
僕は顔を上げてダリアの表情を確かめるべきか、それとも彼が最初に望んだようにこの場を去るべきなのか悩んだ。ダリアの声音は苦しそうで、僕は彼の精神状態が心配だった。
今の苦しい状態は、僕が離れることで良くなるのだろうか。辛いときに一人で居る方が回復は速いのだろうか。一人より二人で居る方が幸せだと、彼は言っていたけど。
「ねえ、ダリア」
「どうした?」
「僕はきっとこんな時のために君のそばに居るんだよ」
「………っ」
「何しても良いから。一人でそんな辛い思いをさせたくないんだ。二人でしか得られない幸せがあるってダリアが言ったんでしょう?」
重なった大きな手をキュッと握り込む。
勇気を出して見上げた顔は、戸惑いの色があった。
「僕はダリアのために生きたい」
安心させるように抱き締めると、狼の身体がわずかに震えた。僕はべつに自分の言葉に酔っているわけではないし、身を挺して彼を楽にさせる自分を偉いと思ってるわけでもない。
ただ、ただ、ダリアを一人にしたくなかった。
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