26 / 52
26.狼の帰還
しおりを挟むスープが完成して三十分と経たないうちにダリアは帰って来た。僕はエプロンを脱ぐ間もなく急いで玄関まで走って行く。ようやくダリアに会えるのだと思うと、足取りは羽が生えたように軽かった。
しかし、目にした彼の姿を見て僕は言葉を失った。
「………ダリア…?」
全身傷だらけ。着て行ったコートはボロボロになって、右腕のところなんかは大きく破れて血が出ている。
「どうして…!何があったの!?」
「大丈夫だ」
駆け寄る僕を突き放すようにダリアは短く言った。
そのままズンズンと浴室の方へ向かう後ろ姿を、僕は必死で追い掛ける。どう見たって大丈夫じゃないし、こんな状態の彼を放っておけるはずもない。
「待って、ダリア!すごく苦しそうだし一度お医者さんに…そうだ、レニさんに連絡して…」
「大丈夫だって言ってるだろ!」
「………っ!」
すごい剣幕で怒鳴られて、僕は立ち止まった。
どうしてダリアがこんなに怒っているのか分からなかった。いつも僕に気遣ってくれるダリアは、今や別人になってしまったように怒号を飛ばしている。
愛おしそうに見てくれる黄色い瞳も、ただただ鬱陶しげに僕を睨み付けるだけ。温厚さも優しさも消え失せたダリアの顔は、彼が狼であることを思い出すには十分に恐ろしかった。
「………ご、ごめん…」
なんとか謝って部屋に引っ込もうとしたら、壁に突いた僕の手の上にダリアの手が被さった。そのままもう片方の手も掴まれて押さえ付けられる。
磔みたいな格好で僕はダリアを見上げた。
満月のような目が困惑して揺れている。
「違うんだ、ヒューイ」
「違うって……?」
「今、ちょっと精神的に参ってて余裕がない。一人にしてくれないか?」
「……僕じゃ力になれない?」
「お前のこと大事にしたいのに出来そうにないんだ。ヒューイのこと大切だし優しくしたいのに、どうしてか今は…」
「ダリア?」
「滅茶苦茶にしたいって思ってる」
狼の短い毛が僕の首元に触れる。
腰が抜けそうだった。
僕は顔を上げてダリアの表情を確かめるべきか、それとも彼が最初に望んだようにこの場を去るべきなのか悩んだ。ダリアの声音は苦しそうで、僕は彼の精神状態が心配だった。
今の苦しい状態は、僕が離れることで良くなるのだろうか。辛いときに一人で居る方が回復は速いのだろうか。一人より二人で居る方が幸せだと、彼は言っていたけど。
「ねえ、ダリア」
「どうした?」
「僕はきっとこんな時のために君のそばに居るんだよ」
「………っ」
「何しても良いから。一人でそんな辛い思いをさせたくないんだ。二人でしか得られない幸せがあるってダリアが言ったんでしょう?」
重なった大きな手をキュッと握り込む。
勇気を出して見上げた顔は、戸惑いの色があった。
「僕はダリアのために生きたい」
安心させるように抱き締めると、狼の身体がわずかに震えた。僕はべつに自分の言葉に酔っているわけではないし、身を挺して彼を楽にさせる自分を偉いと思ってるわけでもない。
ただ、ただ、ダリアを一人にしたくなかった。
17
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる