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24.赤ずきんは留守番
しおりを挟む「え……留守番?」
「ああ。任せても良いか?」
それは突然やって来た。
朝食を食べるとダリアは何やら深刻そうな顔で僕に話があると言って来て、聞いてみると「一晩家を空けるから留守番を頼みたい」という内容だった。
正直、少し拍子抜けしてしまった。
だって話し始めたダリアはすごく深刻な顔をしていたし、僕はてっきり別れ話でも切り出されるのかと思ったから。数日前にやっと恋人になれたのに、と身構えて損した。
「留守番ぐらい出来ます。子供じゃないし」
笑いながら答えると、ダリアはほっとしたように表情を崩す。僕は彼にとって子供同然なのだろうか。深夜に森を彷徨って迷子になるほど馬鹿ではない。
「ありがとう、朝には戻るから」
「うん。夜は冷えるし気を付けて」
「そうだな」
何をしに行くのかは聞かなかった。
覚悟のようなものを宿したダリアの黄色い目はいつもより鋭くて、深掘りすることは憚られた。きっと聞けば彼は教えてくれるだろうけど、必要以上に知ろうとしない方が良いのだと思う。
僕たちは二杯目の紅茶を飲んで、シンクに寄せていた皿を洗ったり洗濯物を室内で干したりした。まだ朝なのに空はどんより暗くなっていて雨が降りそうだ。
◇◇◇
特にすることもなく、冷凍されていた木苺を煮詰めてジャムを作ったりしているうちに夜になった。朝方とは違って雲が消えた空に少し安心する。ダリア曰く、明日は晴れるらしい。
僕がリビングのソファに腰掛けて本を読んでいると、やたらと重装備のダリアが部屋に入って来た。もしかして彼は本業である狩猟に繰り出すのではないか。
「もう行くの?」
「そうしようと思う」
近寄って、ダリアの胸の辺りに顔を沈める。
コートからは僕の好きな森の匂いがした。
「誰か来ても開けるな。居ないフリをしろ」
「うん、大丈夫だよ。分かってる」
「レニが来てもそうするんだぞ」
狼が兎の名前を出したので僕は笑ってしまった。
「ダリア、大丈夫。本当に心配しないで」
「なるべく早く帰るから」
「危ないことはしないでね。約束して」
「………ヒューイ」
遠慮がちに顔を近付けて来たダリアは、下から僕の唇を噛んだ。角度を変えて何度か口付けられると、僕は自分の身体が熱くなってくるのを感じて慌てて身を引いた。
本当はずっとそばに居てほしいけど、それはあくまでも願望であって、僕は大人だからそんな我儘はまかり通らないと分かっている。大丈夫、たった一晩ぐらい何とかなる。
何度も振り返りながら家を後にするダリアを、僕は玄関まで出て見送った。暗い冬の森は美しい狼の後ろ姿をすぐに飲み込んで見えなくしてしまう。
(……だめだ、もう寂しくなってる)
身体が冷えて来たので両手を擦り合わせながら家の中へ戻る。出来るだけいつも通りを意識して、シャワーを浴びたらすぐに布団に入った。風が窓をガタガタと揺らす。
横になる前に見た空には、丸い月が浮かんでいた。
ダリアも同じ月を見ているのだろうか。
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