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20.狼の友人
しおりを挟む帰り道はお互い口数が少なかった。
僕は長距離を歩いたせいか、持病のマルム菌が体内で暴れ回っているようで、身体が内側からチクチク痛んだ。ダリアは息を荒げる僕を見て「大丈夫か?」「休憩は?」と頻繁に声を掛けてくれたけれど、僕はただ首を降って頑固に歩き続けた。
自分の弱々しい身体が嫌いだった。
ダリアの親切な気遣いも疎ましく思った。
彼と同じスピードで歩けない自分の虚弱体質や、胸の内にある悶々とした気持ちに対する苛立ちを、ダリアに向けても仕方がないことは分かっている。十分に分かってる。
街で出会った若い女の子のことを思い出す。
彼女は親しげな様子でダリアと話していた。おそらく僕よりずっと前から彼のことを知っているのだろう。友情以上の好意を持っている様子でダリアに接していたから、僕がダリアに抱かれたなんて知ったらきっと発狂するはずだ。
(………なんてこと考えてるんだろう、)
彼女とダリアこそ、かつて恋人関係にあったのかもしれないのに。僕みたいに情けでそばに置かれるんじゃなくて、お互いがお互いを求めて結ばれる関係。
それこそがあるべき姿じゃないか。
エイベリンから重たい買い物袋を抱えて帰宅した僕たちを出迎えたのは、頭に兎の耳を生やした長髪の男だった。玄関に座り込んでニコニコと微笑む男は、美しいブロンドを腰まで垂らして白衣を羽織っている。
隣に立つダリアを盗み見ると、あからさまに嫌そうな顔をしていた。どうやら知り合いらしい。
「ダリア~出掛けるなら言ってくれよ!」
「来るときは連絡してくれ」
「またまたぁ、僕と君との仲だろう?」
「そうだな。俺はお前を頻繁に家に上げたくない」
明らかに嫌悪感を示すダリアに対して兎耳の男は気にする様子もなく、開かれた扉の中へ自分の家のように入って行く。「懐かしいな~」と息を吸い込む男の後ろを、ダリアに促されて僕はオドオドしながら着いて入った。
「レニ、悪いが食事はまだ用意出来ていない」
「あ!人聞き悪いことを言うなよーべつに飯をたかりに来たわけじゃないんだから。まぁ、どうしてもって言うなら食べて行っても良いけどさ」
「…………、」
バチコンッと大きなウィンクを飛ばすレニと呼ばれる男を白けた顔のダリアが見下ろす。すっかり慣れた様子のレニは、家主の許可なくもうソファに着席していた。
そういえば前来た時に入れたプリンが、と立ち上がろうとした兎に向かって狼は「とっくに腐ってたし捨てた」と制止する。しゅんと項垂れるレニの目が僕の上で止まった。
「あれ?彼はだーれ?」
「ヒューイだ。ヒューイ、こいつは腐れ縁の兎」
「兎じゃなくて名前で紹介してよ!ヒューイくんこんにちは、俺はレニ。兎の獣人だよ~」
「あ、はじめまして…!」
「ヒューくんって呼んで良い?」
「えっと…はい…どうぞ……?」
棚の中をゴソゴソと引っ掻き回していたダリアは「茶葉がない」と言って、扉を開けて廊下へと出て行った。きっと家の隣に立つ保管庫から持って来るのだろう。
見知らぬ兎の獣人と二人きりになり、何を話せば良いのか分からなかった。思えば僕は人見知りなのかもしれない。こんな時にどういう話を振るのが無難なのか見当も付かないし、かといってこの雰囲気の中で黙り込むのも厳しいものがあった。
「あのさ、」
沈黙に不似合いな明るいレニの声が空気を揺らす。
僕は椅子に腰掛けて、その白くて長い耳を見た。
「君たちただのお友達じゃないでしょ?」
「え?」
「隠さなくて良いよ。そういう偏見は無いし、僕だって男と付き合った経験はあるからさ」
「あの……」
「もうすぐ満月だね。今回は特に大きくなるみたいだから、どうか気をつけて。これは親切な俺からのアドバイス」
「満月?」
首を傾げる僕の前で、レニは長い脚を組み替えた。
「それと、その顔。頬が赤くなってるけど寒さのせいじゃないよね?もしかしてマルムに罹ってるとか?」
「………!」
びっくりして息が止まった。
今まで誰にも言い当てられなかったその病気を、少し前に出会ったばかりの男に勘付かれるとは思わなかった。落ち着いた様子で、天気の話をするように男は続ける。
「僕は精神科医でね。専門じゃないけど学会で会った医者仲間から噂は聞いたことがあるよ。マルムの患者は皆揃って透けるように白い肌をしてる」
「……肌の色は遺伝です。僕は、」
「そして内側からではなく外側からの皮膚の変色。頬から始まる赤い斑点はやがて全身に広がって命を落とす」
「…………」
「不運だな。寿命宣告は受けてるの?」
「ダリアには言わないでください!」
気が付けば僕は机に手を突いて頭を下げていた。
反射的なその行動に自分でも驚きながら、震える指先をもう一方の手で包み込んだ。
僕は怖くて堪らなかった。僕がずっと、死ぬまで抱えて行こうと決めたその病について、レニがダリアに告げ口したらどうなるのか。ダリアはきっと驚く。そして僕を不要なものとして扱うはずだ。
かつて僕の父が、そうしたように。
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