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19.エイベリン
しおりを挟む「パンはいつも行っているパン屋があるからそこで。肉や野菜は良いのがあったら適当に買おう」
少しなら仕留めた肉を冷凍したものも残っているし、と考えながら話すダリアの横顔を見上げる。彼は主に狩猟で生計を立てていて、贔屓にしてくれる店に仕入れたものを卸しているらしい。
ダリアの家で暮らし始めてからもう二週間あまりが経ったわけだけど、僕が居るからか彼はあまり家を留守にすることがない。もう一人でも留守番出来るし、なんなら狩りのお供として手伝えることがあれば手伝いたいと、言ってみるべきだろうか。
そんなことを考えていたら、通りに面した花屋から若い女の子が走り出て来た。
「ダリア!」
その子は明るい表情でダリアの名前を呼ぶ。
僕は思わずポケットから自分の手を引っこ抜いた。
立ち止まったダリアの腕に触れながら、何かを楽しそうに話して、ひとしきり伝えたいことを言い終わったのかスンと笑顔を消して僕を見た。
ちょっとビックリしてしまった。先ほどまであんなに親しそうな笑顔で話していたのに、どうして急にこんな顔をするんだろう。悲観的になりそうな自分を鼓舞するために、僕は精一杯の親しみを込めて「はじめまして」と伝える。
「………ねえ、この子は誰?」
彼女は僕の挨拶には応えずにダリアを突いた。
軽いショックを受けたけど、たしかにまぁ知らない男に挨拶をされても怪訝に思ったら無視することもあるかもしれない。うん、たぶんそんな感じだろう。
「ヒューイだ。今は一緒に暮らしてる」
「え、そうなの?どうして?」
「どうしてって……」
困ったようにダリアは僕に目を遣る。
その反応を見て、僕は咄嗟に口を開いた。
「僕、行く宛がなかったんです。お腹が空いて死にそうだったところを彼が拾ってくれました…それだけです」
「あらそうなの?貴方は保護猫だったのね」
「ははっ、そうですね。お陰で助かりました」
「早く元気になって自立しなさいよ」
年上の姉が弟を叱るような口調でそう言うと、女の子はダリアに意味ありげな視線を送って離れて行った。僕はなんだか胸の中が急に曇り空になったみたいにどんよりしている。
べつにダリアに「友達だ」とか「恋人だ」と紹介されなかったことが悲しいんじゃない。ただ、あの困ったような顔をさせたことを申し訳なく思った。
いっそ近隣の村から捧げられた生贄だと言って憐れみの感情を買った方が良かっただろうか。しかし、ダリアが狼であるという正体を明かすわけにはいかない。
僕たちは再び並んで歩き出す。
温かいポケットに僕の手が招待されることは、その日はもう無かった。
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