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18.ポケットの中
しおりを挟むいつものように朝ごはんを食べながら、食材の調達はどうやっているのかと聞くと、ダリアはなんてことない顔で「変装して街へ買いに行く」と答えた。思い返すと確かに、彼の変装は見事な腕前で、耳や尻尾を隠したら誰も狼だなんて思わないだろう。
でも、僕はそのモフモフした尻尾や感情に合わせて動く耳を見ているのが好きだった。表情や声音にあまり気持ちが表れないダリアの変化を、唯一教えてくれるのがその耳だったから。
「そういえば、そろそろパンが切れるな。今日あたり一緒に街へ出てみるか?」
「僕も行っても良いの…?」
「もちろん。置いていく方が心配だ」
またシャツを盗まれても困る、と意地悪く笑うダリアに僕は黙って下を向く。たぶん耳まで赤くなっているから何も言う必要はないと思う。
街に行く、と聞いて僕は自分の暮らしていた村に残してきた父のことを思い出していた。元気に暮らしているだろうか。
この大きな森は二つの異なる地域に隣接していて、一方は僕が住んでいた小さな村、もう一方は比較的発展したエイベリンと呼ばれる地方都市だった。エイベリンの方で森がどのような位置付けにあるのか知らないけれど、人と遭遇しないことからして、おそらくあまり立ち入られる場所では無いのだと思う。
ダリアに借りた服を着るのにもだいぶ慣れてきて、今日も僕はダボダボのシャツを捲り上げてズボンの裾を折り返し、ブーツの中に入れ込んだ。
もう準備を済ませたダリアは耳と尻尾を消して、どこからどいみても「ただの人間」を装っていた。差し出された手を不思議に思って首を傾げると、狼は僕の手を取って自分のポケットへと入れる。こうした彼の一挙手一投足が僕の心拍数を上げていることに、ダリアは気付いているのだろうか。
「それじゃあ、行くか」
「……うん」
冬の寒さの中、外へと足を踏み出す。
もう雪が降り出してもおかしくないぐらい寒い。
森の動物たちは春を待ち侘びて、それぞれの棲家で息を潜めているのか、いつも以上に森は静かに感じた。二人の男が落ち葉を踏んで歩くカサカサした音が響くだけ。
道中で立ち寄ったダリアの両親のお墓の前で、僕は彼に倣って両手を合わせた。
小高い丘の上には大きな岩が一枚あって、その下にダリアの両親は眠っているらしい。事故で命を落としたと聞いたけれど、詳しく追及はしていない。誰だって胸の内だけに抱えておきたい話はあるし、とりわけこうしたプライベートな話は語り手が望んだ時に聞き役に回るのが良いと思ったから。
(ダリアのお父さん、お母さん……ダリアを産んでくれてありがとうございます)
僕が頭を下げる隣でダリアは新しい花を墓前に供えた。
暗い森の中では、冬の間は草木も育たないから、夏の間に取った花を特殊な加工で造花のようにしているらしい。永遠にその美しさが保てるなら、花たちも誇らしいだろう。
祈りを捧げた後、南の方へ暫く歩くと、やがて賑やかな人の声が聞こえ始めた。ワイワイとした活気を感じて、思わず僕はダリアを見上げる。よほど喜びが顔に出ていたのか、ダリアは「着いたぞ」と言って僕の髪をくしゃっと撫でた。
「エイベリンの街はずれだ。逸れないようにな」
僕は繋いだ手を握り返して石畳の道に足を踏み出した。
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