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14.絵本と落書き
しおりを挟むそれから僕たちは少しの間歩いた後、家へと戻った。暖炉にくべる木の枝なども集めることが出来たし、ダリアから家の周辺の地形についても説明を受けた。
昼食はダリアと一緒にリゾットを作って食べて、片付けを終えるとお互い別々の部屋で過ごした。というのも、ダリアはなにか用事があると言って寝室へ引っ込んでしまったので、僕はリビングの本棚から適当に本を引っ張り出して読むことにしたのだ。獣人である彼らも自分たちと同じ文字を使うことに驚いたけれど、世界は僕が知っていることがすべてではないし、自分の常識を当てはめるのは失礼なことだろう。
置いてある本の種類は、子供向けのファンタジー小説から、難しそうな論文を集めた分厚い本まで、様々だった。
あまり難しい本を読むと疲れてしまうから、僕はソファに深く腰掛けて、ところどころに挿絵の入った子供用の童話集を読んでいた。赤い頭巾を被った少女が口の裂けた狼に追い掛けられる話は、大人になった今読んでも少し怖い。
実際の狼は、温かくて優しいのだけれど。
「………変なひと」
変な狼、と言うべきだろうか。
見ず知らずの生贄の人間を家まで招き入れて食事と寝床を提供してくれる。ちょっと過保護で、いつもこちらの様子を気遣う。大切に、宝物を扱うように僕に触れる。
ダリアのことを考えると心臓がキュッとなる。
僕はきっと人に優しくされることに慣れていない。
パラパラと絵本を捲っていると、一枚の紙が床に落ちた。画用紙のような質感のそれには小さな子供が描いたようなテイストで、大きな狼が二匹と間に挟まるように小さな狼が居た。三匹ともニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべている。
ダリアが描いたのだろうか、とぼんやり考えているとリビングの扉が開いて本人が姿を現した。
「あ、ごめんなさい…勝手に」
「本を読んでたのか?雑多に置いてあるからお前の興味を引くものがあるか分からないが」
「えっと…絵本の中に絵が挟まってて……」
おずおずと差し出すと、受け取ったダリアは少しだけ驚いた顔をしてやがて懐かしむように目を細めた。
「父と母だ」
「………、」
やっぱり。薄々気付いていたけれど、ダリアが一人でこの家で暮らしていることから、おそらく彼の両親はもう、すぐ会える場所には居ないのだろう。
狼は「夕食にしよう」と言って僕から本をひょいと取り上げると再びその絵と共に本棚へ仕舞い込んだ。僕はなんと声を掛けるべきか頭の中で考える。
彼が語らないことを深く追求すべきではない。だけど、家族の絵を眺めるダリアの瞳は寂しそうで、胸が締め付けられた。
「ヒューイ、」
じゃがいもの入った麻袋を渡しながら、ダリアが僕の名前を呼ぶ。返事を返しつつ、重たいその袋をやっとの思いで調理台の上に置くと、大きな動物は甘えるように背中に抱き付いて来た。
僕は速まる鼓動を感じながら視線を泳がす。
首筋にダリアの息が掛かって、くすぐったい。
「今日、本当は両親の墓に行く予定だった」
「………お墓?」
「ああ。二人とももう死んでるけど、お前のことを紹介したかった。また今度日を改めて、一緒に来てくれるか?」
「も、もちろん。というかごめん…今日は僕のせいで、」
すぐ帰ることになったから、と続く言葉は音にならずに消えた。キスされている間、僕は自分がどうやって息をすれば良いのかよく分からない。
窒息間近になって厚い胸板を遠慮がちに叩くと、ようやく解放してもらえた。「謝るなって言ったはずだ」なんてダリアは言うけれど、謝罪を口にするたびにこんなことをされていたら僕の心臓はもたない。
どうしてダリアはこうも僕の心を揺さぶるのだろう。
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