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13.森の散策
しおりを挟むもう日が昇っているというのに、森の中は薄暗くて寒かった。肌寒いどころではなく、本格的に冬の寒さだ。
僕がくしゃみをすると、ダリアは立ち止まって「大丈夫か?」と聞いてくる。くしゃみ一つで彼を心配させてしまうとは、僕はもっと自分の行動に気を付けるべきかもしれないし、ダリアはきっと過保護なのだろう。
目の前を歩く広い背中を見つめる。
面倒見もよく、料理も出来て、思い遣りもあるダリア。森の王なんて言うから、僕はもっと狼が怖い存在なのだと思っていた。しかし、実際のダリアは僕が今まで出会ったどの人間よりも優しい。
「………っ、」
長い間歩き続けたせいか、肺がヒリヒリした。
この身体が二十歳まで持たないと宣告したのは、たしか村の名医と呼ばれる医者だ。もともと幼少期から病気がちで、身体が強い方ではないと思っていたけれど、まさか自分が母親と同じように若くして死ぬことになるとは思っていなかった。
母は、僕を産んだせいで死んだ。
正確に言うと彼女は妊娠中にマルムと呼ばれる病原菌に感染し、出産と同時に命を落とした。産み落とされた赤子にその菌が転移しなかったことは奇跡的で、僕は生まれた当初は「奇跡の子供」として村では少し話題になったらしい。
しかし、そんな武勇伝も長くは続かず、成長するにつれて母に似た虚弱体質が散見されるようになった。長い間運動は出来ず、すぐに疲れを感じる。ヨボヨボの老人の方がまだ健康なのではないか、というほど僕は無力だった。
そして忘れもしない去年の春のこと。医者は僕が母と同様にマルムに感染していることを告げた。
残された息子すら不治の病に侵されたことを知った父は、それ以降塞ぎ込んで、暇さえあれば家を空けて酒を飲み歩くようになった。もとより少なかった家族間での会話はめっきり減って、僕は自分の家の中なのに息苦しさを感じた。
水槽の中で溺れているようだった。
外に出ても、家に居ても、孤独は共にあった。
「………ごめん、少し休憩しても良い…?」
「ん?ああ、悪いな。水でも飲むか?」
差し出された水筒を受け取る。
コップを満たす透明な水はひんやりとして美味しい。様子を窺うように覗き込むダリアの黄色い目から逃れるために、僕は木の幹から生えるキノコを観察しているフリをした。赤い傘に白いドットが散らばったそのキノコは、見るからに身体に悪そうだ。
「疲れただろう?顔色が悪いぞ」
「ううん、寒いからだよ」
「でも、足の進みも悪いし…」
「大丈夫だってば!」
思わず、声を荒げてしまった。
ダリアは驚いた顔で僕を見る。
僕はしまったと思いながら「これぐらい何でもない」と念を押すように伝えた。ただ、嫌だった。ダリアの心配が彼の優しさや気遣いから来るものであると分かっていても、染みついた劣等感はそれを誤変換して「人より劣る出来損ない」「すぐに音を上げる弱虫」と僕を責め立てる。
僕は震える足に力を入れて、まだ朝露に濡れる落ち葉を踏み締めた。前を歩くダリアはもう何も喋らない。
この、強い男に自分の病気のことなんて知られたくない。
それは僕の精一杯の強がりで、僕がダリアと居る上で守るべき秘密。
だって、いずれ死に行く生贄なんて腐りかけの魚と一緒。
僕は少しでも良いから、彼に価値のあるものだと思われたかった。
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