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09.狼と同衾
しおりを挟むはちみつの香りがする石鹸で身体を洗って、身も心も綺麗になった気分で僕はソファで本を読んでいた。ダリアは少し前にお風呂へ行ったし、まだ眠気は降りて来ない。そして、この家のことをよく分かっていない以上、勝手にベッドへ入るのも気が引けた。
つい昨日まで他人だった男の家でくつろいでいる。
それはとても不思議なことで、もっと警戒心を持つべきなのではないかと疑う声も自分の中にはある。だけど、ダリアから向けられる手放しの愛は、それが恋愛だろうが友情だろうが、はたまた単に生贄として赴かされた異種族の人間への憐れみを含んだものであろうが、僕の心を温めるには十分だった。
「おっと……まだ起きてたか」
声がした方を振り向くと、髪を拭きながらダリアが部屋の入り口に立っていた。
彼から借りたダボっとしたシャツと同じく丈の合わないズボンを履いている僕とは違い、ダリアは上半身半裸に下も下着同然の姿だ。引き締まった肉体を見て、同性なのに僕は目を逸らした。自分の貧相な身体が情けなく思ったのも原因ではある。
「寝ようか?続きは明日読めるから、安心しろ」
「はい。あ、僕はどこで眠れば……」
「ん?ベッドだろう」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの顔で指差す先には窓際にデーンと置かれた大きなベッドがある。
しかし、部屋にはそれ以外に寝具はない。というかこの家には他に僕たちが眠るために使えるような場所はない。リビングにあるソファは小柄な僕でも横になったら足先が出るサイズ感だったし、床に寝床を用意するようなスペースも無さそうだ。
「えっと……じゃあ、ダリアさんは?」
「ダリアでいいよ。俺もここで寝るが?」
薄々予想していた答えも、本人の口から言葉として発せられるとやはり驚愕した。たしかにサイズ的には問題ないだろう。クイーンサイズぐらいはあるベッドは、きっと僕とダリアの二人を安眠へと導いてくれるはずだ。
問題は、彼曰く「一線を超えた」僕らが寝床を共にするのがどうかという話。冗談だという可能性もあるけれど、さすがに同じベッドに入るとなると意識してしまう。
ダリアはなんてことない顔でタオルをカゴに放り投げてベッドに腰掛けた。少女のように戸惑いを見せるのも変なので、慌てて僕も反対側に回ってみる。
(し…心臓の音が気になる……!)
横たわったは良いものの、顔を見合わせて眠るわけにもいかないので、とりあえず僕は窓の方を向いた。後ろから「電気を消すぞ」という声が聞こえて、僕が返事をするとダリアは少し起き上がってパチンと何処かにあるスイッチを切る。
部屋は夜の闇に包まれた。
心地良い眠気どころかバックンバックンと高鳴る心臓を治めるために、僕はつまらない歴史の授業で習った内容を思い出そうとする。
その昔、獣人と人間が一緒に暮らしていた時代があったようだけど、彼らは種族を超えて愛し合ったりしていたのだろうか。それならば何故今は混血の子が残っていないのだろう。僕とダリアは男同士だから、子を残すことは出来ないのだけれど……
そこまで考えて、自分の浮かれた思考回路に驚いた。
ダリアとの未来を考えるなんて先走り過ぎだ。
窓の外に浮かぶ月に、濃い色をした雲が掛かった。わずかに差し込んでいたぼんやりした光が途切れる。完全に暗くなってしまった部屋の中で、僕は突然怖くなった。
ダリアがもしも僕の前で猫を被っていたら?
本当は恐ろしい人喰い狼だったら?
眠っている間に仲間の狼に売られたら?
恐ろしい妄想が頭の中で弾けて、別の意味でドキドキし始めた僕の太腿のあたりに、何か硬いものが触れた。咄嗟に「拳銃ではないか?」と身構える。しかし、それは適度な温度を持っていて、硬い芯の外側は柔い皮で覆われていた。
(………これって……あれ?)
その正体に気付いた時、僕は耳元でダリアの息遣いを感じた。荒い呼吸に合わせるようにグイッと押し付けられるものに、このまま眠ったフリを続けるべきなのか迷う。
そして何より最も困ったのは、どういうわけか僕自身もまたその熱に当てられて臨戦状態に入っていることだった。僕はダリアに気付かれないように、そっと片手で股間を隠す。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
「ヒューイ、ごめん……少しだけ良い?」
「え?」
聞き返した瞬間、後ろから伸びて来たダリアの手が僕のズボンの中へ入って来た。
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