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08.獣の耳
しおりを挟む食事を終えて、せめてもの気持ちで皿洗いを申し出るとダリアは困った顔をした後で渋々了承してくれた。彼が悲しそうな顔や迷いを見せると、それに伴って頭から生えた獣の耳が動く。
そういえば、出会った時は無かったような気がするし、この耳はもしかして隠せたりするのだろうか。それとも暗い森の中で混乱していた僕が見落としていただけ?
「ダリアさん、」
「どうした?」
「その黒い耳は隠せるんですか?」
「ん?ああ、これか。一応そうだな」
「へぇ……」
大きな狼の耳は表面が滑らかな毛で覆われていて、長身のダリアはさながら大型犬のように見えた。僕は触ってみたい気持ちでウズウズしながら視線をシンクの皿に戻す。
「触ってみるか?」
「え?」
上から降って来た声に驚いて顔を上げると、少し身を屈めたダリアが僕に「ほら」と頭を差し出す。恥ずかしかったけれど、手を伸ばして恐る恐る指を乗せてみた。
思ったより毛は柔らかい。
梳かすように撫でると、ダリアが少し身動いだ。
「あ、ごめんなさい……!」
「いや…違うんだ。気持ち良くて、」
「?」
「犬や猫だって耳の後ろを撫でられると喜ぶだろう?狼も同じようなポイントがある。お前の手は特に冷たくて良い」
目を閉じて少し笑ったダリアに、僕はまた自分の心臓が小さく跳ねるのを感じた。犬や猫とこの大きな獣とを、同じだと思いたくてもどうにも難しい。
だって、どうやら僕はこの男と一線を超えているらしいのだ。あまり意識を向けないようにしていたけれど、腰はまだ痛む。うろ覚えの知識によると、男同士のそういった行為は排泄の穴を使うと言うが、今のところ僕の尻に違和感はない。
(もしかして……揶揄われたのかも)
ダリアが僕に好意を持ってくれているのは分かったけれど、それがどういった種類のものなのかは分からない。なにぶん種族が違うから、愛情表現が異なる可能性もある。
キスは挨拶程度のスキンシップで、彼の言う「一緒に居ると幸せ」というのは単に孤独な生活より誰かと共に居る方が楽しいというシンプルな意味なのかも。
「残りは俺がやっておくよ」
「……え?」
思考がネガティブな方向に突入した瞬間、ダリアは姿勢を正して僕にそう告げた。
「今日はもう疲れただろう?色々あったし、ゆっくり風呂に入って来てくれ。廊下の突き当たりが浴室だ」
「あ……ありがとうございます。気を遣わせてしまってすみません」
「また謝ってる。そんなにヒューイは俺にキスされたいのか?」
「ち、違います!癖みたいなもので……!」
赤くなった顔を見られたくなくて、僕はペコペコと頭を下げる。楽しそうに笑うダリアからタオルや着替えを受け取って、お言葉に甘えて足早に浴室へ向かった。
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