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後編 二人の追走劇

21 事故と故意◆

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「…………なんと仰いました?」

 ララは思わずポカンとして聞き返す。

 フィルガルドは短く息を吐き、そして大きく吸った。目を閉じてもう一度ゆっくりと吐き出す。

「僕が君に無関心だったことなんてない。初めて会ったときから今に至るまでずっと」

「ご冗談ですよね……?」

「そんな驚き方はないだろう。そもそも好意を抱いていたから婚約を申し込んだんだ。君が了承してくれた日は眠れないほど嬉しかった」

「っな、何をそんな、恥ずかしげもなく!」

「今更の話だ。それにしたって、あの日の返事は何だったんだ?今になって気付いたが、僕らは同じ気持ちではなかったんだな。一人で舞い上がって馬鹿みたいだよ」

「舞い上がっているような素振りはありませんでした!いつも通りの対外的な笑顔を見せていただけです!」

「僕だって緊張していたんだ。断られる可能性もあったし、情けない顔は出来ないだろう!」

「そんなこと言葉にしないと伝わりません!貴方はいつだって誰に対しても良い顔を見せて、私には意地悪な令嬢との交友を勧めて……!」

 ララはフィルガルドが紹介してきた女たちのことを思い返しながら捲し立てる。「ぜひ仲良くしてくれ」と言われれば、こちらとて応じるしかない。他人の不幸を吸って生きる蛾のような貴族令嬢たちは、ララがこの世で最も嫌悪している存在だった。

 怒りの温度が落ちないように、辛かった思い出で火を起こす。メラメラと燃え上がった憤怒を再び元恋人に向けようとしたところで、ララはフィルガルドが何とも言えない顔をしているのに気付いた。


「どうされたのですか……?」

 驚きが声音にのって上擦る。
 フィルガルドは首を横に振った。

「こんな風に話し合えば良かったんだ」

「え?」

「僕らは、お互いに思っていたことや感じたことを相手に伝えるべきだった。ただ静かに胸の内で想うのではなく、耐え忍ぶのではなく」

「…………」

「今日は謝罪のために来た。今まで僕が甘んじて受け入れていた環境が、君を苦しめていたこと……本当にすまない」

「そんな、貴方だってその一部だったのですよ!すべてがご友人たちの責任ではなく、」

「分かっている。だから変わりたいと思う。教えてほしいんだ、君が望むことや不快に思うことを」

 ララは呆気にとられて暫し閉口した。
 急に反省を始めた王子を前に、シュンと怒りの炎が小さくなる。このまま責め続ければ、自分はきっと聞き分けの悪い駄々っ子になってしまう気すらした。

 だけど、と小さなプライドが首をもたげる。


「………他の令嬢と関係を持ったくせに」

「なに?」

 すっとぼけた表情をするフィルガルドにムカッときてララは再び眉を寄せる。狂犬よろしく、頭ひとつ分高い場所にある元恋人の目を睨んだ。

「殿下はキャサリン様とキスをなさっていましたよね!?ご友人のポール様が開かれたパーティーでのことです。忘れたとは言わせませんから!」

「あれは事故だ」

「貴方は私が他の男性と同じことをしても、そう理解するのですか?事故で他人の靴を踏むことはあっても接吻することなどありません……!」

「僕はあの時、ハウゼン侯爵家のホバートが君の方を食い入るようにみていたから気になって仕方がなかったんだ!注意が逸れていたんだよ」

「はぁ!?」

 ララがあんぐりと口を開けて固まると、フィルガルドはご丁寧にその下顎を支えてパコンと閉じる。怒るべきか呆れるべきか、はたまた涙を流すべきなのか分からずにただ沈黙が流れた。

 お互いの目にお互いが映っている。
 今までこんなに長い間見つめ合ったことはない。

 ふいに伸びてきた腕がララの背中に回った。呆然としている間に目と鼻の先にまで元恋人の顔が迫っていることに気付き、慌てて声を上げる。

「今キスしようとしました……!?私たちは婚約を破棄した間柄なのですよ。こんなに近い距離で話すこと自体がおかしいのです!」

「その件だが、婚約破棄の書類はまだ大司教に提出していない。父に頼み込んで一度僕の手元に戻してもらった」

「なんですって!?」

「ララ……もう一度チャンスがほしい」

 ララは今度こそ何も言葉が出なくなった。
 様々な感情が足の爪先から頭のてっぺんまでを駆け巡る。巡りに巡ったそのまとまりのない気持ちをララが形にする前に、フィルガルドの唇が重なった。

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