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後編 二人の追走劇

17 確認◇

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 驚かないわけがない。

 相談に乗ってもらおうと思って訪れた馴染みの店で、探し求めていた元婚約者が働いていたのだ。

 フィルガルドは長い溜め息を吐いて、静まり返った部屋の中でソファに深く腰掛けた。付き添いの衛兵たちは扉の前で待っているはずだが、やけに声が大きくなってきたから、もしかすると一杯引っ掛けているのかもしれない。

 一言目は何と言えば良いだろう。
 聞きたいことは山ほどある。


「…………ララ、」

 見慣れた茶色い髪はいつの間にやら金色に染め上げられており、三秒ほどフィルガルドはそれがララだと気付かなかった。髪色だけではない。あまり化粧を好まなかった彼女が、頬紅を載せ、睫毛は黒く長く孔雀の羽のように伸ばしていた。

 ショックを感じなかったと言えば嘘になる。
 見知った元恋人が、少し会わなかっただけで大変身を遂げた姿は、まるで初めから自分たちは知り合いではなかったかのような錯覚を感じさせた。貴方は何も知らなかった、と糾弾されたようで。

 机の上に置かれたビールに口を付ける。愛してやまなかった冷えた飲み物は、すでにぬるくなっていた。味は変わらないのに温度が違うだけでこうも喉越しが悪くなるとは驚きだ。

 そんな意味のないことを考えていたらノックの音が響き、衛兵たちが扉を押し開けた。屈強な男たちに挟まれるように小柄なララが顔を覗かせる。強い化粧をしても、そのおずおずとした目の動かし方は昔の彼女のままだった。

「二人にしてほしい。長くなるかもしれないから、君たちも好きにくつろいでくれ」

 そう言って手持ちの金貨を何枚か手渡すと、男たちは嬉しそうに礼を述べて部屋を去った。

 目線を上げてララの方を見る。
 派手な金髪の下でヘーゼルの瞳が瞬きを繰り返した。出会った当初、彼女の二つの目がリスのようで愛らしいと思っていたことを思い出す。つまらない感想だから、直接伝えることは無かったけれど。

「何か飲むか?」

 フィルガルドの問い掛けにララはこくりと頷いて「殿下と同じものを」と言った。

 呼び鈴を鳴らしてマドレーヌを呼び、注文を伝える。何を勘違いしているのか、無口な店主は口元に含んだ笑みを見せながら部屋を出て行った。

 再び静寂。ぬるいビールをもう一度飲んだ。


「ひと月ぶりだな。元気だったか?」

 ララはまた小さく頷く。
 このまま一言も会話出来ずに終わるのではないか、と内心フィルガルドは緊張した。その程度の話しか振れない自分の技量ゆえかもしれないが。

「あー……実は、ディアモンテ公爵から君が屋敷に戻っていないと聞いたんだ。それで、少し心配になったから僕の方でも探していた」

「私は見ての通り元気です。ご心配なく」

 ピシャリと跳ね除けるような返答。
 丁度届けられたビールのグラスをララは細い腕で持ち上げると、勢いよく傾けて飲んだ。琥珀色の液体が小さな口に流れ込む。

 半分ほど量が減ったそれをテーブルに戻すと、ララはフィルガルドに向き直った。ふと目に入った左手には、すでに指輪はない。当たり前と言えばそうだが、少し胸は痛んだ。

「お父様に会う機会があれば、どうぞお伝えください。ララは元気にやっていると。自分の人生を好きに生きているとお伝えくださいませ」

「戻るつもりはないのか?公爵はかなり疲れているようだった。一度だけでも顔を見せてあげれば、」

「何を仰っているのですか?」

 ララは突き放すように言葉を吐いた。
 怒りを宿した双眼がフィルガルドを射抜く。

「貴方がディアモンテ家の何を知ってそのような意見をなさっているのですか?お父様が疲れているなら自業自得です。私の知るところではありません」

「しかし、君は……」

「私たちはもう他人です。別れた恋人の家庭の事情にまで口を出さないでください。私のことを知ろうとしなかった貴方が、今更なんだと言うのですか?」

 動揺が素直に身体に伝わって、伸ばし掛けた手は途中で止まった。そんなことを言わないでくれ、と伝えたかったのに、半開きの口からは音が出ない。

 人形のように固まったフィルガルドの前でララは残り半分のビールを飲み干して、ガタンッとグラスを置く。彼女らしくない荒々しい動作に驚いた。

 部屋の扉を開いて、ララは振り向く。


「あの日の質問にお答えします。何もかも全て手遅れなのです。私はディアモンテの家も、貴方の腐った交友関係も、それを良しとする貴方自身も大嫌いでした。だから、どうぞ……お帰りください」


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