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第五章 ジュディ・フォレスト
【番外編】賢王の妻◆ガーネット視点
しおりを挟む「ジュディ……どこへ行ったんだ…!ジュディ…!」
冷え切った部屋の空気を震わせる昂ぶった声を聞きながら、私は手に持った手紙を握り締めた。
壊れたように夫が何度も叫ぶ名前は、私の名前ではない。もとより政略結婚であることは百も承知だったけれど、まさか結婚して一週間も経たないうちに我が夫がこうした変貌を遂げることには素直に驚いていた。
そして、心底見下していた。
この結婚を経て強国であるノルン帝国と同盟が結べると父は喜んでいたのに、その中身は女狂いの皇帝と、逃げた側妃を想って咽び泣く皇子だ。唯一まともなのが、権力のない皇后であることは残念なこと。
私も、彼女と同じ道を辿るのだろうか?
色恋に明け暮れる夫の影で生きる人生を想像してみる。国民からの反感、議員たちからの文句を処理しながら、目の隅に映る役立たずの夫に深い絶望を覚える日々。
耐えられるわけがない。
少なくとも、私は耐えられない。
「テオドルス様、」
声を掛けると、大きく腫れた目で皇子は私を見た。
まさか自分の寝室にとうの昔に就寝の挨拶を告げた私が入ってくると思わなかったのだろう。新婚だと言うのに寝室は別で、日中もどういうわけか私を放置する夫に対して、そろそろ忍耐も限界がきていた。
そんな折に差出人不明の手紙を受け取った。
正確には、私が持ち込んだ荷物に紛れて入っていた。
その手紙には、私の夫となったテオドルスが監禁まがいのことをして匿っていた側妃の存在について書かれていた。受けたショックは大きかったし、信じがたいことだった。
だけど、夫は暇さえあれば何処かへ出掛けているし、いつも誰かを探すような遠い目をしている。会話中も気が抜けたような返事しかしないのは、不審に思っていた。そして何より、結婚初夜を終えた翌日の朝に、寝ぼけたテオドルスが呼んだ「ジュディ」という名前が私の中に残っていた。
「テオドルス様、愛しの側妃は見つかりませんか?」
「……どうしてそれを?」
「愛人を作ることはこの国では特別なことではないようですね。バシュミル様もお元気なようですし」
「………、」
「でも、私が居たシュンベル王国では重罪です。一夫多妻など認められるはずがありません。私が言いたいことが分かりますか?」
「ガーネット、待ってくれ……!」
狼狽えたようにこちらへ近付くテオドルスを躱わす。
「私が今から言うことを聞いてください」
「なんだ?何でも聞こう。だから、どうか君の両親には…」
「今後、貴方の行動や言動はすべて私の監視下に置きます」
「………は?」
「議会には来週から私も参加しますので、日時を教えてください。それから、皇帝が私的に使っている税金をカットする必要があるようです」
「そんな…そんなこと……」
怯むように目を泳がせるテオドルスの襟を私は掴んだ。
兄と共に習っていた剣術は私の心も強くしたようだ。
テオドルス・サリバン。
悪王と名高い現皇帝バシュミルの息子である彼は、賢王としての将来を期待されていると聞く。この調子ではどう考えてもなれそうにないから、私がやるべきことは一つ。
「賢王になる男の妻として、私が貴方を管理します」
雷に打たれたようにテオドルスはその場に座り込む。
私は立ち上がって、手紙を暖炉に投げ入れて部屋を後にした。
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