80 / 94
第四章 リンメル・ベス
75.思い出◆ヴィンセント視点
しおりを挟むアル・パレルモの屋敷は気味が悪いほど静まり返っていた。
おそらく僕が門を乗り越えて敷地内に侵入したことも、彼は何処かから見ているはずだ。ただでさえ警戒しなければいけない彼の立場上、屋敷内には至るところに監視カメラが設置されていた。
それでもこんなに放置されている。
直々に伝えたいことでもあるのか、或いは自ら僕の息の根を止めたいのか。その両方だって可能性もある。
赤い絨毯の上を歩きながら気付いたことは、使用人すら居ないということ。いつもは各階に数人は居るはずだけど、今日は誰も居ない。
外から見たところ明かりが点いていたのはアルの部屋だけだった。夕日が沈んで薄暗い屋内を足音に気を付けながら歩いていると、まるで自分がお化けにでもなったような気がしてくる。
(………嫌なこと思い出しちゃうな、)
お化けといえば、その昔、まだパレルモに入ったばかりの頃に「休みの過ごし方が分からない」と言った僕をアルはゴーダも誘って遊園地へ連れて行った。男三人でジェットコースターやお化け屋敷、観覧車に乗るのは正直奇妙な体験だった。
なんてことない寂れた遊園地で、僕だって子供じゃないから本気で楽しんだわけではない。だけど、帰り際に「思い出になっただろう」と僕の頭を撫でながら豪快に笑っていたアルの顔は印象的だった。
父親の居ない僕にとって、アル・パレルモはその代わりとなるような存在だった。
仕事でしくじった時には厳しく叱責し、成果を収めたときは大袈裟に褒めて盛大に祝ってくれる。みんなたぶんアルのそういう人柄に付いてきたんだと思うし、僕だってそうだった。何より、身寄りもなく借金だけ抱えた生意気なガキを組織に招き入れて、育ててくれた彼に対しては、確実に恩というものは存在していた。
迷いがないと言えば嘘になる。
僕は、今だって迷っている。
でも、どうやらアルは僕を殺すつもりで、トリニティのキースによると、それはおそらく僕のルーツに関係する理由のようだった。帝国への反抗心なのだろうか。僕の死骸を持って行ったところで、バシュミルは顔色ひとつ変えないだろうけれど。
考えごとをしながら真っ暗な階段を登っていたせいか、何かに躓いて転びそうになった。猫みたいなものを踏み付けた気がする。いや、実際に猫を踏んだことは無いんだけど、何かそういった柔らかいものだ。
「………ヘザー…?」
転がっていたのは、ヘザー・パレルモだった。
月明かりが照らす白いワンピースは腹のあたりが真っ赤に染まっている。脳みそが揺れるような感覚を感じながら、僕は身体を屈めて横たわる彼女の呼吸を確認した。
かなり苦しそうだけど、まだヘザーは生きていた。
出血の原因はおそらく腹に食い込んだナイフ。場所からして、ほぼ確実に殺すために刺している。出血量からしても助からないことは明白だった。
「ヘザーお嬢様、聞こえますか?」
「……ヴィンセント、」
返ってきたのは蝶の羽音のように小さな声。
「誰が、貴女を……」
「ヴィン…セント、こっちへ来て…」
「どうしましたか?」
「………に、来て」
「え?」
もう長くはないヘザーの最期の言葉を聞き取るために僕は顔を彼女へ近付けた。ヘザーの腕が力なく持ち上がり、僕の首へ回される。すべてはスローモーションみたいだった。
「ヴィンセント……一緒に来て」
大きく目を見開いた時には、辺りは眩しい光に包まれていた。
0
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる