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第四章 リンメル・ベス
74.名前◆リンメル視点
しおりを挟むリンメルという名前は、死んだ父親が付けた。
母親は幼い頃に他界していたから詳しく知らない。それでも私の幼少期が他の女の子たちと同じように楽しいものであったのは、きっと無駄に元気な父親と、彼の家族が居たからだと思う。
家族と言っても血は繋がっていない。
父と私と一緒に食事を囲む男たちは、皆どこからか集まって来た行き場のないゴロツキたちだ。彼らは父のことを「ボス」と呼んで、大層懐いていた。
だけど、父はあっけなく死んだ。
あれはたぶん私が成人する少し前のこと。
家に帰ったら、妙に殺気だった組員たちが居た。「どうしたの?」と聞いても誰も何も言わない。各々が自分の得意とする武器を手に、何処かへ向かおうとしていた。
いつも笑顔の元コックの男ですら、眉間に深い皺を寄せて沈黙している。私が問いただすと彼は「ボスが殺された」と、身体に反して小さ過ぎる声で伝えた。聞けば、他国から流れ込んできた新興勢力が挨拶がてらに突撃して来たらしい。父を殺した男はとっくに息絶えていたけれど、父の「家族」はそれだけでは許せないようだった。
それからは記憶が曖昧だけど、私は彼らに無駄死には止めるように必死で説得したのを覚えている。父は、きっとそんなことを望んでいないと。「組織の面子が」と荒ぶる男たちの前で頭を下げてお願いした。
私は嫌だったのだ。
これ以上、自分の大切な人が傷付くことが。
だけど今、私はまた、愛する人を失おうとしている。
「……到着したわ、ヴィンセント」
「ありがとう。本当に」
ヴィンセントは車から降りて、大きな屋敷の門へと進んで行く。ここが彼の上司であるアル・パレルモの家で、これから起こることが彼の命を奪いかねないことは理解していた。
だけど、私が何を言ってもきっとこの男は聞き入れてくれないことも痛いほどに分かっていた。彼の目には今、最愛の「先生」しか映っていないのだから。
「ヴィンセント、」
呼び掛けた声に振り向いた顔は少し青白い。
当たり前だ。だって彼は怪我をしている。
行かないで、どうか私のそばに居て。あたたかい場所で二人で身を寄せ合って、そうして嵐が過ぎ去るのを待てば良い。恋なんて一時的な気の迷いで、貴方の最愛の代わりはまた見つけることが出来る。なんなら、すぐ近くに私が……
「気を付けて…行ってらっしゃい」
「うん。ありがとう、リンメル」
笑った顔が優しくて、思わず抱き締めたくなった。
父に付けられたこの名前を封印したのは、悲しい記憶に蓋をしたかったから。男たちが命を賭ける馬鹿げた世界なんてもう見たくなかったから。
それなのに、どうして私はまたこんな男を好きになってしまったんだろう。どうして危険だと分かっていて送り出してしまうのだろう。
「さようなら……ヴィンセント、大好き」
溢れてくる涙を見られたくなくて運転席に飛び乗る。
エンジンをかけると、私は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
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