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第三章 テオドルス・サリバン
71.エル◆ヴィンセント視点
しおりを挟む「ごめん…こんなタイミング良く拾ってくれてありがとう。君は僕にGPSでも仕掛けているのかな?」
冗談を言ったつもりだったけど、こくんと頷くから驚いた。
「え、いつから?」
「貴方を私の部屋に運び込んだ時よ。靴の裏に付けてたの。ちょうど監視してた時に通信が途切れたから、不思議に思って来てみてよかったわ」
「………なるほどね」
そのGPSに傍聴機能が付いていないことを祈る。
ハンドルに添えられた白い手はリズムを取っていた。
僕はエルがはたして僕にとって危険人物なのか、それともただの親切な友達なのか測りかねていた。体温を分かち合うだけの仲だと思っていたけれど、こんな状態を見られてしまっては言い逃れは難しい。
「これは病院へ向かってるの?」
強風で飛んでいきそうになるゴーダの身体を車内に引っ張り戻しながら、僕はエルに尋ねる。エルは表情を変えないままで「知り合いの医者のところ」と答えた。
なるほど、知り合いの病院。
それは何らかの訳アリの人間を受け入れてくれる親切な病院のことだろうか。ファミリーの者たちが怪我した際に「闇医者」と呼ばれる医者を頼って行くことは知っていたけど、僕は使ったことがない。怖いからではないけど。
でも、エルが言っているのはそんな病院じゃないだろう。
だって彼女は普通の女の子だ。至って普通の。
ウィンカーを出して曲がった先に、その病院はあった。
薄汚れた外壁には少しヒビが入っていて、落ちそうな看板がぶら下がっている。ほらやっぱり、まともな病院だ。古くからやってそうな年季の入った見た目に安心しつつ、僕はエルに続いて建物の中に入った。
入り口にはすでに、四角い眼鏡を掛けた白衣の男が立っていた。この男が医者のようだ。男は明らかに迷惑そうな顔を浮かべて僕とゴーダを睨み付ける。
「ちょっとちょっとぉ、パレルモが二匹も居るの?」
「ごめんねラグ。ヴィンセントとその友人よ」
「ドクターはまだ寝てるわよ。キスして起こすわ」
「それ死んじゃうやつ」
軽い会話を楽しむ二人を僕は眺めていた。
僕はエルにパレルモのことを話したっけ?
「あの、」
「どうしたのヴィンセント?」
「この男性が医者じゃないの?」
「やぁね。私は事務員のラグ。医者は私の兄のドグよ」
「そうですか……」
なぜか女のような喋り方を続けるラグに頷いて、僕はもうそれっきり黙っておいた。
あまりにも分からないことが多過ぎる。
そもそも僕たちがパレルモであることがバレている理由が分からないし、医者のような見た目なのに事務員だと主張するラグについても理解出来ない。
その時、廊下の奥から地響きのような声がした。
「おーい、リンメル!お前は遅刻だ!」
目を向けるとゴーダよりも遥かに大きな男が立っていた。天井に着きそうな頭をわずかに前に屈めて、ゆっくりとこちらへ歩いて来る。だけど、僕はそれよりも彼が呼んだ名前に気を取られていた。
「リンメル……?」
リンメル。僕はその名前を最近どこかで聞いた。
というか、忘れないように胸に留めていた。だってその名前は、トリニティのキース・ベンネルが教えてくれた、ヴェルザンディの残党を解散させた女の名前だから。
「ええ、リンメル・ベスは私よ」
「は?エル、君は……」
「言ったでしょう、ヴィンセント。貴女は私を知らない」
微笑む女を前に僕は言葉を失った。
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