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第三章 テオドルス・サリバン

70.酒瓶◆ヴィンセント視点

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「ヴィンセント、帰って来たら鍵を締めろ。お前昨日の夜どこ行ってたんだ?」
「ごめんごめん忘れてた。ちょっと散歩だよ」
「夜中に出歩くな、ただでさえお尋ね者だろ」
「ゴーダのいびきが煩くて眠れなかったから仕方ない」
「居候の身で生意気だな!」

 ゴーダは怒ったような顔をして僕の前にドンッと肉の塊が載った皿を置いた。骨付きのハムのような見た目のそれは何だろう。朝食にしては重たい。

「それにしても…アルが他の人たちに僕を捕まえるように言ってないのは意外だな」
「お前の勘違いじゃないのか?本当はボスも殺す気なんかなくて、ヘマしたお前を脅しただけとか……」
「脅しで銃持ち出されたら命がいくつあっても足りないよ。あれは本気の目だった」

 どうしてアル・パレルモはファミリー総出で僕を探さないのか。手をこまねいて待つことが彼の流儀なのだろうか。

 こうしてゴーダの家に居ることも、もしかすると知っているのかもしれない。僕はサングラスの奥の見えない顔を想像して目を閉じた。

「それで、どうするんだ?」
「なにが?」
「お前はその皇子様とやらと約束をしたんだろう?愛する先生を解放するには、三つの組織の頭を取るって」
「正確には一つで良い」
「はぁ?」
「いや、良くはないんだけど……まぁ、ちょっと俺に考えがあるんだ。上手くいくかは分からないけど」

 トリニティのキース・ベンネルは、ヴェルザンディに存在した組織はもう壊滅したと言っていた。トロンテ・ファミリーと呼ばれていた組に解体命令を出したのは、他でもない生き残ったボスの娘だったと。

 三つ目の首が実質不在だとしても、それをテオドルスに知らせてお伺いを立てる必要はない。そこで条件が良くなるとも思えないからだ。

 ならば、その誤解を利用すれば良いと僕は考えた。



「それより…ゴーダ。あんな場所に酒瓶があったか?」

 僕が指差した棚の上をゴーダは見上げる。

「ん?いや、分からんが、適当に置いたんじゃないか?」
「居候の身で悪いけど、やっぱり男の家は男の家だな」
「お前は本当に失礼なヤツだなぁ。分かったよ、片付けりゃ良いんだろ。片付けりゃよう」

 立ち上がったゴーダが酒瓶を持ち上げた時、僕はカチッという何かのスイッチが入ったような音を聞いた気がした。それは凍り付くゴーダも同じようで、一瞬、僕たちの視線は交わった。

「伏せろ……!!」

 大きな巨体が僕に突進して来て、床に投げ飛ばした。

 コンクリートが吹き飛ぶのを僕はたぶん初めて見たと思う。建物だった物体は、灰色の藻屑になって地面に広がっていた。爆発と共に吹き飛んで来たガラスの破片か何かで頬を切ったけれど、僕は生きていた。

 いいや、正しくは生かされたのだ。
 僕を庇ったこの大きな身体によって。

「ゴーダ!おい、大丈夫か…!?なんで、お前が…!」
「馬鹿野郎、擦り傷だ。歴戦のゴーダ様を舐めんなよ」

 そう言ってのそりと僕の上から移動したゴーダの背中は真っ赤に染まっている。僕はギョッとして周囲を見渡した。血がべっとりと張り付いたブロック片が近くに落ちていた。

 どう見たって、擦り傷なんかじゃない。

「すぐに病院へ行くんだ!車の鍵は!?」
「ああ、もう、うるさいヤツだな。これだから俺はお前の教育係なんてやりたくなかったんだよ。ロクなことがねぇ」
「ゴーダ、大丈夫だ。俺が絶対に連れて行くから…!」

 自分より背の高いゴーダを担いで、煙の上がる路地を歩く。半壊したアパートの他の住人のことも気になったけれど、今はそれどころではない。

 振り返ると点々と続く血痕に焦りを覚えつつ、大通りを目指して歩いていたら、細い通路を塞ぐように男が立っていた。


「……久しぶりだな…ニック」
「ヴィ…ヴィンセントさん、」

 臆病な彼に銃を持たせたところで照準が合わないと思ったのか、彼はボスの愛用する小型のナイフを手に持たされていた。可哀想に、そっちの方がよりリアルに人の死を実感出来るから、きっと彼は暫く肉が食べられなくなるはずだ。

「ごめんなさい…ご……ごめんなさい…!!」

 もとよりゴーダを背負った状態で避けられるはずもなく、小さなナイフは脇腹に食い込んだ。わずかに身を捩ることは出来たけれど、内臓に接していないのかは分からない。

 出血のことを考えると刺さったナイフは抜かない方が良いのだろうか、と考えながら、口に手を当てて震えるニックを見据えた。

「おめでとう。お前は無事に役目を終えたよ、帰れ」
「で…でも!ボスはヴィンセントさんが死ぬまで見届けろって、」
「俺は死なないし、ゴーダだって死なせない」
「っひ、来るな…!こっちへ来るなぁ……っ!」

 緊張感から腰が抜けたのか、尻もちを突いて後ろへと下がるニックの顎を思いっきり蹴った。ぐるりと目玉が回ってそのまま地面に倒れ込むのを確認する。

 向いてないんだろうな、と思う。
 それはきっと自分も同じこと。

 本格的に身体が重くなって、進みが遅くなったところで、目の前に白いオープンカーが止まった。運転席に座る女を見て僕は目を丸くする。


「乗って。悪いけど説明は後で」

 慌てて助手席のドアを開けて座り込む。
 二人乗りの小さな車は、僕たちを乗せて勢いよく走り出す。

 僕は、風に靡くエルの、短く切り揃えられた赤毛を見た。

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