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第三章 テオドルス・サリバン
66.悪王の血◆テオドルス視点 ※
しおりを挟む愛しい側妃が、いつも誰か他の男のことを考えている事実には気付いていた。
こちらを見る目は潤っていて、身体もしっかりと喜んでいても、どうしてか心の中はスカスカに見える。何度その名前を呼んでも、抱いても、彼女はまったくもって自分に関心を示していないようだ。
それどころか、思い過ごしかもしれないが、他の誰かを重ねているようにすら見えた。窓辺に立って、遠くを見つめる茶色い瞳はいったい誰を待っているのだろう。
無謀な賭けに乗った自分とよく似た男の顔が浮かんだ。
しかし、彼は彼女を恩師と呼んでいたはずだ。
娼館の客に誰か心を寄せる男でも居たのだろうか。それとも死んだという夫のことを、今も尚、愛しているのだろうか。一度彼女の身辺調査を頼むべきか、と考えながら今日もジュディが待つ部屋のドアをノックした。
「………テオ、こんばんは」
「こんばんは、ジュディ。すまないね、正妻となる隣国の王女がじきに来訪するようだ。色々と案内しなければいけないから、その準備に終われていてすまない…」
「いいえ。良いのです、お相手の方を優先してください」
自分の立場にも理解を示すジュディは聡明な女だと思う。
娼婦などはどうせ、頭のゆるいふわふわした女の集まりだと思っていたが、このジュディ・マックイーンという女は良い意味で想定外だった。
政治の話を振ってもきちんと自分で考えた上で受け答えをする。的外れな政策を提言する実の父親よりも、よっぽど良い。おそらく、時間的にもう愛人たちとの酒池肉林に溺れているであろう父バシュミルのことを考えた。
あの男、ヴィンセントは同じ父を持つわりにそうした悪い遺伝子は受け継いでいないようだった。まぁ、パレルモの下っ端であろう彼には女を囲うほどの余裕はないのかもしれない。
つくづく、運命というものは残酷だ。
父が彼を婚外子として連れて来ていたら、自分たちの関係もまた違ったものだっただろう。運が良ければ、第二王子と呼ばれることもあった可能性もある。愚鈍な皇帝が、そこまでのマヌケでなかったことに感謝するべきだ。
そんなことを思いながら口元をゆるめ、せっかく部屋まで来たのだからと隣に立つジュディの腰を撫でる。
そうすると、察しの良い彼女はドレスの裾をたくし上げて見せた。これだから賢い女は良い。自分の存在意義や価値をよく理解している。
父のように馬鹿な女を集めて、ただ金を吸い上げられるのではなく、賢王となる自分はこうした利口な女を囲いたいと思う。そうして、己の欲を満たしながら彼女たちには安定した生活を保証し、ゆくゆくは政治への意見なども仰いでみたら良いのではないか。どうせ甘やかされて育った正妻には知恵など望めないのだから、賢い側妃を育てた方がよっぽど良い。
「………っあ、あ、もっと…ゆっくり、」
「煽る君が悪いんだ……」
「ん、テオ、だめ……だめっ…!」
深く抉るとギュッと締め付ける柔らかな身体を、どうして愛さずにいられようか。本当に良い買い物をしたと内心喜びを噛み締めながら、より良い場所を探って奥へ奥へと分け入る。
夫を亡くした彼女は、男の立て方も弁えている。
生娘のような面倒臭さもなく、かと言って女の多くがそうであるような愛情乞食でもない。側妃としてこんなに理想的な女がいるだろうか。
限界が近い己を引き抜き上気した顔に近付ければ、当然のように咥えて飲んでくれた。なんとも言えない征服感を感じつつ、細い身体を抱き締める。
明け渡したりするものか。
この頃にはもう、冗談のような賭けなんて忘れつつあった。
それぐらい彼女は魅力的で、自分はその日々に没頭していたのだと思う。ヴィンセントと名乗るあの愚かな男が、どうせ勝てるはずもないと驕っていたことも認めよう。
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