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第三章 テオドルス・サリバン
59.駆け引き◆ヴィンセント視点
しおりを挟む人里離れた森の近くで、車はようやく停止した。
ジュディを側妃に迎えたいと言う皇子は、どこかスッキリした顔で今後僕に望むことについて語っている。そのほとんどは僕の脳まで回らずに、ただ雑音となって抜けて行った。
この男は、ジュディを抱いたのだ。
たとえ仕事だとしても、そのショックは大きかった。
「………という感じで、どうだ?やれそうか?」
テオドルスは僕の方を見遣る。
影武者という馬鹿げた作戦に自分が巻き込まれることよりも何より、彼がジュディを側妃として迎えることが恐ろしかった。その圧倒的な権力にものを言わせて、ジュディを側室に閉じ込めようものなら、僕はもう二度と彼女に会えない。
ジュディの意思はどうなのだろう。
彼女もまた、それを望んでいるのだろうか。
「すみません、僕からも交渉することは可能ですか?」
「交渉……?」
「殿下の発言を信じるのであれば、僕は貴方の父親が外部で作った庶子です。この国では本来、庶子でも認知されれば一定の身分を与えられる。そうですよね?」
「……ああ。いかにも、そうだが…」
テオドルスは訝しむように目を細める。
「実は殿下が側妃に迎え入れようとしている女性は僕の大切な恩師なんです。いくら皇族の方とは言え、愛人のような扱いをされては胸が痛みます」
「愛人とは違う、俺は仕方なく…!」
「おそらく、皇帝のバシュミル様はただでさえ国民の支持を失っている現状で、婚外子の存在が明かされることを喜ばしく思わないでしょう」
「………っ!」
サッと皇子の顔色が変わるのが見て取れた。
自分が明かした情報を逆手に取って強請られるとは思わなかったのだろう。なんとか絞り出された声は掠れていた。
「何が望みだ?」
「僕は自分の出生について他言しません。死ぬまで誰にも話さない。その代わり……ジュディ・マックイーンを側妃に迎え入れることは止めていただきたい」
「っは!何を言い出すかと思えば。それは飲めない提案だな。俺はどうしても彼女が必要なんだ」
「…………、」
簡単に受け入れられるとは思っていなかったが、やはりそれなりの執着を彼は持っているようだった。
僕は落胆しながら次の策を考えてみる。しかし、テオドルスは暫く閉口した末に「そうだ、」と思い付いたように頷いた。
「君はたしかパレルモ・ファミリーの者だったな?」
僕はこくんと一つ頷いた。
「王都に隣接する三つの街がそれぞれ裏組織を抱えていることは知っているか?」
「……ウルズをパレルモが、スクルドをトリニティが本拠地としていることは知っていますが」
「そうだ。そして、近隣国との窓口を有するヴェルザンディもまた小さな組織を抱えている。こいつらはかなりの秘密主義で何度視察してもなかなか尻尾が掴めない」
僕は皇子の行う「視察」にちゃんとした目的があったことに驚きつつ、今聞いた話を頭の中で振り返る。
パレルモとトリニティについては、この社会に入って日が浅い自分でも知っている。つまり、五年も居れば自然と耳に入るような名前だ。
しかし、ヴェルザンディにもそうした組織が存在するとは初耳だった。僕はテオドルスの様子を慎重に見守りながら、続く言葉を待つ。
「君にはその三つの組織のトップの頭を取って来てほしい。それが俺が君の提案を飲む条件だ」
「………!」
「それなりの犠牲は伴うだろうから、完遂したあかつきには、君が庶子であることが認められた場合に付与されるであろう爵位も付けるよ。伯爵ぐらいが妥当かな?」
それなりの犠牲という言葉にはおそらく命も含まれているのだろう、と考えた。だって、彼はアル・パレルモ一人殺せない僕に三人の幹部を殺して来いと言っているのだから。
実質、提案を飲むつもりはないという意思表明だろう。
「分かりました……やってみます」
「良い目だ。期待している」
「しかし、名も知らぬヴェルザンディの組織を見つけられるでしょうか?僕はその存在自体初めて聞きました」
「そうだろうな、彼らは隠れるのが上手い。でも大丈夫だ。パレルモかトリニティの古株なら知っているはずだ」
「……?…なぜ、言い切れるのですか?」
「ヤツらは皆、元を辿れば一つの組織だから」
驚いて僕はテオドルスの瞳を見つめる。
とてもじゃないが冗談を言っている風ではなかった。
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