【完結】喪服の娼婦がその愛を知るまで

おのまとぺ

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第三章 テオドルス・サリバン

58.難解の解

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 ゴーダ・スリットは、見た目に反して律儀な性格のようで、ヴィンセントの言い付けを守るためか「仕事に行く」と伝えると私を娼館まで車で送ってくれた。

「また終わる時間になったら電話をくれ。迎えに来る」
「………ありがとうございます」
「勘違いするなよ。俺は約束を守るだけだ」

 何をどう勘違いするのか分からないけど、私は黙って頷いた。私を降ろして静かに走り出した車が夜の街に消える。

 今日の予約は、またいつものゲイリー・ドグナー男爵が一番手だった。定期的に来店してくれる彼は本当にありがたいお客様で、無理強いせず、私が嫌がるような無茶なプレイも求めて来ない貴重な良客だ。

 銀色の花のリースがぶら下がった店の扉を押して、私は受付の男に声を掛ける。気怠そうな男は視線だけ上げて頷くと、私に部屋番号が書かれた鍵を渡した。

 また、夜が始まる。



 ◇◇◇



「……え?結婚…ですか?」
「ああ。妻が先立って長い間立ち直ることが出来なかったんだが、そろそろ自分の人生を生きようかと思ってね」
「そうなんですね………」

 ゲイリーは数年前に妻を亡くしていて、その心の傷を埋めるように娼館へ通っていたけれど、どうやら趣味を通して新しい婦人と出会えたようだった。

 嬉しそうに報告してくれる初老の紳士を前に、私は自分も少し穏やかな気持ちになる。まるで幸せのお裾分けをしてもらったみたいだ。

 微笑みながら聞いていると、ゲイリーは申し訳なさそうに切り出した。

「だから……ここへ来るのも少し控えようと思うんだ」
「………ゲイリーさん…」
「すまない、ジュディ。君と出会えて私は本当に幸せだった。君は私を癒す娼婦だったが、同時に私のよき友人のようでもあった。君と話すことで自分のことを見つめ直すことが出来たんだ」

 君からしたらただの老いぼれかもしれないが、と俯いて溢すゲイリーの皺の寄った両手を包み込む。

「謝ることじゃありませんよ。私がその婦人だったらきっと、同じことを望むもの。貴方の行動は正しいわ」
「ジュディ……君は、本当に…」

 薄らと目に涙を浮かべてゲイリーは私を抱き締める。

 娼館に来るとき、男は大抵一人だ。
 どんよりとした孤独を持て余して、心に空いた穴をどうにか埋めようと彼らは女を求める。時には本気になったり、自分の身勝手な夢を押し付けたりする人も居るけれど、彼らに共通するのは、いつだって自分で処理できない「虚しさ」。

 私と会話することで、ゲイリーが忘れられない妻の死や孤独な自分と向き合って前へ進むことが出来たのなら、そんなに嬉しいことはないだろう。

 だってそれは、私の存在が誰かの役に立てたということだから。関わることでプラスの効果が生まれたのならば、娼婦である私にとっても冥利に尽きる。


「恋はいつだって難解だ。押すも愛、引くも愛。私は残り少ない人生を考えて、気になっていた彼女にアプローチしてみることにしたんだ……」

 恥ずかしそうに笑うゲイリーに微笑み掛ける。
 もう人生の師と呼べる年齢の彼も、こうした話をするときは少年のような表情を浮かべるのかと私は驚いた。

 恋は難解とは、その通りだ。
 私はまた誰かを好きになれるのだろうか。

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