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第三章 テオドルス・サリバン
56.クマと監視
しおりを挟むヴィンセントが家を出て行った。
私は一人で目覚めて、一人で朝食を食べて、リビングのソファで映画を観ていた。流れていくシーンは目に映っても、内容はまったく入って来ない。画面の中で咽び泣く主人公の姿をぼんやりと見ながら、彼女はどうして泣いているのだろうと考える。
(そうか……恋人が死んだのね)
傍に横たわった男の背中には矢が刺さっていて、彼女が泣きながら揺すってもビクともしないから、きっともう生き返ることはないのだと思う。
そんな感じで終始抜け殻のように過ごしていたから、規格外の大男が突然部屋に入って来ても私は驚かなかった。
「おい、玄関の鍵が開いてたぞ。物騒だ」
「でも、おかげで貴方は入って来れましたね」
「そりゃそうだが……」
ゴーダ・スリットは困ったようにポリポリと頭を掻いて、テーブルの横の椅子を引いて座った。私はお茶を出すべきだろうかと一瞬考えたけど、根が生えたように動けなくなっていたので、そのままソファに座り続けた。
「ヴィンセントが死んだ」
「え……!?」
「嘘だ」
「…………、」
私は勢いよく立ち上がった手前格好が付かずに、とりあえずキッチンまで移動して客人をもてなす準備に入った。彼が「腐っている」と感想を述べたあのハイビスカスティーをまた提供してあげようか。
適当にクッキーを皿に広げ、珈琲と一緒に盆に載せてテーブルに出す。ゴーダは疑わしげな表情でティーカップの中の液体の匂いを嗅いだ後、恐る恐る口を付けた。
「それで、何の用ですか?」
不躾かもしれないと思いながら、単刀直入に用件を聞くと、ゴーダはまたもや目を泳がせて困った顔を作った。
「ヴィンセントに…頼まれたんだ」
「………どういうこと?」
「アイツはちょっと今…あー、なんというか…ちょっとした面倒ごとに巻き込まれていて……」
「ヴィンセントくんは無事なの…!?」
「そうだな…たぶん、ああ」
「たぶんって?」
私の詰問に押されてゴーダは少しだけ身を引いた。
この家を出て行ったヴィンセントが、私の監視を同僚に頼む理由が分からなかった。なにか私に危険が及ぶことに、彼は今関わっているのだろうか。
「いや、実は俺も詳しくは知らないんだ。ただ、ヴィンセントからアンタのことを守ってくれと言付けられて」
「守るって何から?」
「だから、そのー……」
「ヴィンセントくんはどこに居るの?彼にいつ会ったの?」
「っだぁ!もう、質問ばかりするな!会ったのは昨日の夜で、俺は半分寝ながら聞いたんだよ、忘れずに来ただけ有難く思え」
言い返すゴーダの勢いにびっくりして、私は再びソファに座り直す。
どうやらゴーダ自身もわけも分からずに私の監視を押し付けられたようだった。私は少しだけ彼に同情しながら、ヴィンセントの行方について考える。
彼は自分の意思で出て行った。
私を「都合の良い相手」だと言って。
それではどうして、そんな相手を別れても尚、守ろうとするのか。頼れる相手の居ない私に対する同情からくる行動なのか。もしくは、何か、他に事情があるのか。
後者の可能性を求めて忙しなく動く心臓が、どうかこれ以上舞い上がらないように私は胸を押さえた。
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